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HSP自己テスト ①「環境の微妙な変化」

みなさん、こんばんは。綺羅です。

今日もnoteをご覧いただき、ありがとうございます。


午前中に久しぶりに複合商業施設に行って、そこで、Amazonで買おうとしたノートが売ってありました。

通販でしか買えないと思っていたのですが、通販の便利さに飲み込まれず、お店に行ってどんな商品が置いてあるのかを見ることも大切だと、改めて感じました。


さて、以前の記事で公表していました通り、今日は、

エレイン・アーロン博士著「ささいなことにもすぐ『動揺』してしまうあなたへ。」のチェック項目を基準にした、実体験について

を、連載で始めたいと思います。

投稿目安は「週1」を目安にしていきますので、よろしくお願いします。

それでは、記念の第1回目の項目へ、行きます。



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はじめに


最初にお断りさせていただきます。

この記事に書く、敏感さ、思考・考え方、感じる事は、すべて、一個人の感覚、体験や価値観、考え方に基づいています。

なので「あるHSP当事者の敏感さ」について「参考」として、ご覧ください。


また、各項目によって、「感じ方や刺激の察知度合いは、人それぞれ」という前提で、話を進めていきますので、

「こういう状態でないと、この項目には当てはまらないんじゃないか?」

「ちょっと気になるくらいなのに、この項目に当てはまると言っていいのか?」

「自分に、特定のレッテルを貼るみたいで、嫌だ。」

と、感じられる人も、いらっしゃるかと思います。


人が持つ「敏感さ」が「項目」にあてはまるか、あてはまらないかを判断するための記事ではありません。

「判断基準」として「HSP自己テスト」をお知りになりたい場合は、申し訳ないですが、他のクリエイター様でお探しください。



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「自分をとりまく環境の微妙な変化によく気づくほうだ」


自己テストの項目で、一番最初に聞かれる項目です。


人間には、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感が備わっていますよね。

この「五感で感じた経験」に照らして見て、私自身、この項目の気質を持っていたおかげで、嬉しい経験をしたこともありますし、辛い経験をしたこともあります。

「自分をとりまく環境の微妙な変化によく気づく」ことは、所属する場所によって、頼もしい気質にもなりましたし、厄介な気質にもなりました。


「環境の微妙な変化」は、いろいろな環境を想定した変化だと考えています。

「物理的な場所としての環境」もそうだと思いますし、「心の居場所としての環境」も含まれると思っていますし、「オンライン上での環境」もこれに該当すると感じています。

さらにこの「環境」には、自分を中心とした「人間関係」も「環境」として考えるならば、「私もそう感じる!」と思う人は、多いのではないかと思うのです。


すごく簡単に例を挙げると・・・

・家で使っている芳香剤が変わったとわかった

・職場で自分の書類をしまう位置が上の段から下の段に変わった

・担任の先生が夏休みを過ぎたと同時に、ちょっと怒りっぽくなった

・仲良しの友人の声が、先週から抑揚がないことに気が付く

・noteの編集部のオススメで載ってから、フォロワーの増え方が多くなった

・Twitterでネガティブ投稿してから、なんとなくみんなに避けられている気がする

・父と母の、今日の会話の回数が少ない

・地域の人に一度だけあいさつを忘れてから、その人に無視されている

etc・・・

考えられる場面を挙げてみましたが、この他にも、いろいろな環境が想定されると思います。


「自分をとりまく環境」は、自分が生きていたら何かしらの場所や人間関係に属することになるので、「その微妙な変化に気付く」というのは、「その環境で、自分が生き延びるための、生存戦略」にあたるのではないかと、考えています。

その「生存戦略」が、非HSPの人よりも、精巧に働くようになっていると、私は思っています。



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実生活での経験から、考えてみる


私の実生活での出来事から、この項目について考えてみます。


私の場合、社会に出て就業した時に、自分の気質が分からず、振り回されていた頃、この気質は「厄介な気質」として、働いてしまうことが多かったのです。

というのも、「微妙な変化に気付いてしまう」がゆえに、当時の上司としては、口にして欲しくない業務ミスや、書類の手続きミス等、いわゆる「あやふやに済ませていた部分」が、多数発覚してしまうことが起こったからです。

私は、手続きに誤りがあれば、上司に報告しなければいけないと思っていたので、間違いが見つかるたびに報告していたのですが、ある日「報告しなくても、相手さんはわかっているから大丈夫」と言われたことがありました。

「微妙な変化に気付く」ということは、同時に「重箱の隅をつつくような奴」だと、捉えられているのかもしれないと感じました。

その予測通り、上司から煙たがられてしまったのは、やはり辛い経験です。


反対に、私が大学のサークルに所属し、人の上に立つ役職でいた時は、この気質は「さまざまな立場」で参加している人の「支援」になりました。

部活内の人間関係は悪くなかったのですが、技術も問われるサークルだったので、もっと上手くなるように練習を重ねるけれど、「これでいいのかわからない」と、迷っている後輩が多かったのです。

それが分かったのが、その子から感じられる「微妙な変化」、例えば、「顧問の先生への返事の抑揚」とか「自主練習への取り組み方」といったことで、様子がおかしいことが読み取れていました。

その部分をきっかけにして声をかけ、悩みを聞いたり、自分が助言できる範囲であれば、助言しました。

後輩の調子がよくなった時に、お礼と共に言われていたのが「どうして元気がないって、わかったんですか?」という言葉です。

その時は「元気がないように見えたんだよ。」と答えていましたが、

どこから分かったのかと聞かれたら、普段とは違う「雰囲気」や「仕草」、「纏っている空気」

から、分かったことです。

そうしたサポートもできていたことから、後輩たちにはすごく頼られた経験があります。



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「微妙な変化」を楽しみたい


私は、自分や同じ気質を持つ仲間でしか「微妙な変化」を感じなくても、一人ひとりが違う感じ方をするため、その「変化」は、「その人だけの感じ方」になるのではないかと、思っています。


私以外にも、HSPの人はたくさんいます。

仲間はたくさんいても、どこで「微妙な変化」を感じ取るかは、人によって違いますし、「微妙な変化」を感じ取ったとしても、同じ感じ方になるとは限らないと、考えています。

会社やテレワークでの仕事は、業務の遂行方法や書類の手続きの順番は基本的に決まっていますが、

「人間」を相手にするときは、関わり方に「マニュアル」はありません。

自分が、他の人と関わる時の「マナー」や「距離感」が、相手にも通用するとは限らないからです。


それでも、共に生きていくためには「微妙な変化によく気づく」能力が、必要だと思うのです。

一方の人や環境だけがよかったところで、社会生活は上手く機能しません。

私は「微妙な変化」を見逃さずに、その部分を、社会に取り入れてくれる人がいることによって、「”今”を生きようとする希望」があるのだと、思っています。



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トップ画像は misaki様 からお借りしました!

ありがとうございました。


みなさんからの、スキやコメントやフォローにも、すごく助けられています!

この記事にお時間をいただき、ありがとうございます。


それでは、今日はここまでです。

みなさん、穏やかな夜を過ごしてください。



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