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創作ものがたり

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#短編小説

不思議な感覚と冬の空

不思議な感覚と冬の空

ねぇ見てよ、
東京の空でもオリオン座が見えるよ

ふいに呟いてみたけれど、別に隣に誰かがいる訳でもないし、誰かに話しかけた訳でもない。

ふーっと吹いた息は少し白くて、冬を感じた。

すごく、嫌な気持ちになった夜。

前を歩く鼻歌交じりで携帯をいじる彼は、私と家の方向が同じ人。
よく会う。いつも違う歌を歌っている。
イヤホンをしているのを見ると、無意識で歌っている気がする。
いつもいつも、いいこと

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話したい僕は

話したい僕は

日曜、夕暮れ。
天気は、晴れ。
僕は誰かと話したいと思った。

玄関に降り、最初に手に取ったのはお気に入りのスニーカー。
まだ見ぬ誰かが僕に出会い、このスニーカーを褒めてくれたらいいなと思った。
そう思って靴ひもを締めた。
話しかけて貰いたくて、願いを込めて強く強く締めた。
ママが、昔買ってくれたスニーカー。

玄関を出て、家の前に置いてある猫の置物を撫でた。
うちで飼っているミーちゃんと同じ柄の

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空白のない日記

大切なことが何も無かった日を過ごして、夜になった。
私はぼんやり外を眺めながら、日記を開く。

窓から見えるのは星ではなく、黒。
黒のような、濃紺。
何も無い、空。
色弱な私にはあまり区別がつかない。

田舎であればきっと黒の中に浮かぶ白い光が見えただろうな。

日記の1文にそう書いた。

大切なことが何もなかった日は、書くことがない。
生きていたことが大切だとはよく言うが、そんなことを言ったら毎

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明日という名の今日を生きる

明日という名の今日を生きる

走って帰った玄関の先で、床に手紙を叩きつけた。

畜生と呟いたら、涙が零れた。

一日は、二度と戻らない。

今日しか渡せなかったはずの手紙。

小学5年の夏の午後。
あいつは今日、引っ越した。
それでいて今日が、最後の登校日だったんだ。

同じ誕生日で隣同士の保育器に入り
そのまま家も近所だったからずっと一緒に育ってきた。

そんなあいつが突然引っ越すことになった。

両親の離婚。
正直俺からも

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止まない雨

止まない雨

「で、どこから来たの」

何も言わずに彼女は、毛布にくるまって座りながら手元にあるココアを飲んだ。
寒そうにしていたから、私が出したホットココア。

「…まぁ別に言わなくてもいいけど」

台所の換気扇の下、私は煙草に火をつける。
ライターがカチッと鳴ると、彼女は1度身をビクつかせた。

「…」

私は換気扇に向かって煙を吐く。
彼女は黙ってココアのマグカップを両手で包んだ。

「それ、飲んだら帰り

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立ち入り禁止というルール

立ち入り禁止というルール

いざ!立ち入り禁止の領域へ!
という自分の覚悟とは裏腹に、どうしてもそこには手が出せない。

その立ち入り禁止のルールを破り、自分の知らない世界に足を踏み入れたら最後、何が起こるかわからない不安や勝手にその先の自分に見据えた恐怖に、いつも足止めをされる。

俺は、変わりたい。
自分としても、こんなしがないサラリーマンのまま人生を終えたくない。
そう、思っている。

だけれど、どうしても踏み出せない

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モブでいたくなかった人間達

モブでいたくなかった人間達

たった今急にデスゲームが始まったなら、私は間違いなくモブその1。
だって意味がわからないから。
絶対わたわたして、そのまま気付かない内に死んでしまいそうだもの。
私は別に勉強ができる訳でもないし、脱出ゲームとかの謎解きや、ロジックとかのパズルも苦手。
要は考えること全般嫌い。

でもよく、ゲームが始まった途端に「俺は1抜けさせてもらうぜ」とか言って出口の方へ向かっていったり、「死にたくないよぉぉ」

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味のする球を売る店

味のする球を売る店

季節は11月になり、外はすっかり秋。
俺は秋が一番好きだ。
寒くもなく、暑くもなく、ちょうどいい季節。
妻が出ていったのも、ちょうど昨年のこれくらいだったか。

別れてから俺はいつも、会社に米だけ持っていくようになった。おかずは無い。
食べたいものが気分によって変わるからだ。

近くの定食屋のおかずのみを買って、持ってきた白米と共に胃にかき込む。

いつからか自炊もしなくなった。するのは米研ぎだけ

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とある奇人の指針#2「スマホと傀儡」

とある奇人の指針#2「スマホと傀儡」

あるサラリーマン様は帰宅中にふと思いました。

「あ、そういえばワイシャツ欲しいんだった。
明日の出先付近にユニクロ、あるかな」

ある学生様は電車の中で通学中にふと思いました。

「しまった、今日はあのゲームのイベントの日だ。ログインしないと」

ある主婦様は昼間にテレビを見ながらふと思いました。

「あ、この前やってた通販の圧力鍋買おうと思ってたんだ」

あるお金持ち様は家のジャグジーバスに入

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絵描きの私と5人の男 #1

絵描きの私と5人の男 #1

とある昼下がり。人里離れた少し寂れた私の家に、知らない女の子が飛び込んできた。
どうやら売れない絵描きの私の家に住む男、木山と知り合いらしい。
その木山も数カ月前突然家にやってきて、
「家なくなったから一緒に住んでいい?」と言ってきた。
まぁ知らない人では無かったし、いいよと答えたのだ。
まずは人を信じることが大切、と、昔から教わってきたし。

突如来た彼女は、家に入ってきて早々、急に携帯を鳴らし

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少年A

少年A

指を切りたいと思いました。
ただ唐突に、切りたいと思ったんです。
でも自分のは嫌だから、
友達の指を切りました。

警部補の目を真っ直ぐ見て、そう話す少年の目は一切の曇りが無かった。
彼は13歳の少年B。

指を切られたのは同じく13歳の少年C。
何が起こったのか分からなかったから、
数秒、ただ流れている血を見ているしかなかったと言う。

不思議な話だ。
強い驚きは、時に人間の痛覚を鈍らす。

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私のリアルはゲームのように

私のリアルはゲームのように

「あとこれだけ解いたら…!」

私は手元のスマホを瞬きせずに見つめる。
画面には広告で見慣れたパズルゲーム。

「あとこれだけ解いたら、私は宿題に手をつける!」

隣接するパズルを入れ替えて3個以上をマッチすると消えるこのゲーム。
残る生命は2。
頑張ればクリアできそうな、そんな佳境。

「この緑をピンクと交換して消したら、赤が落ちてきて4つ揃ってこれが消える…。
で、それで出来たロケットであのパ

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ビジネスライクな氏名の2人

ビジネスライクな氏名の2人

「これラミしといて」

会社の上司に1枚の紙を渡された蘭美は少しムッとした。

「違う違う、わざとじゃないって~」
「わかってます」
「ラミ、しといてよろしく清水蘭美ちゃん」
「……」

清水蘭美は今年23の現役バリバリキャリアウーマン(死語)。
彼氏はいないが、趣味を充実させ、
公私ともに順調な何不自由なく生きてきた女性だ。
ただ、両親から頂いた宝であるこの名前だけは22年間気に入っていない。

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水面下の2人

水面下の2人

会社にあるウォーターサーバーの音が好きで
私、高坂楓は頻繁に喫煙所の横にあるサーバーに水を取りに行く。

同期や先輩はみんな水筒を持ってきていて、
(いや、水筒なんて言ったらまた笑われる。タンブラー的なアレ)
頻繁に身体の老廃物を外に出すことを促進している。

「未だにウォーターサーバー使ってるの、
うちのおっさん達かお客様くらいだよ」
そう言って今日も同期に笑われた。
「持ってきなよ、マイボトル

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