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立ち入り禁止というルール



いざ!立ち入り禁止の領域へ!
という自分の覚悟とは裏腹に、どうしてもそこには手が出せない。

その立ち入り禁止のルールを破り、自分の知らない世界に足を踏み入れたら最後、何が起こるかわからない不安や勝手にその先の自分に見据えた恐怖に、いつも足止めをされる。

俺は、変わりたい。
自分としても、こんなしがないサラリーマンのまま人生を終えたくない。
そう、思っている。

だけれど、どうしても踏み出せないのだ。
自分が没頭してみたいこと、やりたいことはそこに確かに見えているのに、何かに怯えて、俺はここから先へは行けたことがない。

そもそもこの立ち入り禁止のステッカーだって、誰かが貼ったものじゃない。
俺自身が貼ったものだ。

俺自身が、立ち入ったら色々崩れてしまうという恐怖を勝手につくりあげて怯えて、貼ったのだ。

恐らく貼ったのはもう20年前くらいか。
ちょうど社会人3年目になった頃。
社会をやんわりだが知った俺は、自分の夢に蓋をした。
大学の時、仲間と描いていた映画監督の夢を、俺は棄てた。
棄て去るを得なかった。まともな社会人になる為に。

社会人やりながらでも、覚悟があれば出来るよなって、そう思ってた。脚本専攻でフリーターで活動していたあいつが書いた本を平日の夜に読んで、週休2日の休みをリハと撮影に当てて、その繰り返し。
最初こそ順調だった。
うまくいかなくなったのは、衣装の雨音が鬱になってから。
スタイリストの仕事が上手くいかず、彼女は自暴自棄になった。
自分にはセンスが無いと、荒れた。
その時から俺らは彼女に休みを与え、自分たちの服をかき集めて服を俳優部に渡した。

見るも無惨に、ダサくなる衣装。

「え、なら自分の持ってきますよ」なんて俳優部に気を遣わせて、会社でも気を遣って、終いには仲間にも気を遣って。
バカみたいに思えた。全てはそこから。

ある日、俺はサボった。
週休2日、まるっと休んでみた。
天国のような時間だった。その時は。
週5日、馬車馬のように働いて俺は、ししおどしのように頭を下げた。

人間じゃねぇ、俺はもう人間じゃねぇんだ

そう思っていた。
そんな時に自分の自由にできる時間が出来て。
俺自身も、おかしくなっちまったみたいだ。

だから俺は、その立ち入り禁止のステッカーを貼ったんだ。
夢を棄てた場所に、もう二度と入れないように。
俺は、夢を、見ないようにしたんだ。
二度と自分が苦しまないように、
二度と自分がバカを見ないように。

逃げたんだ。あの時は。

だけど、今、もう一度そこに入りたい自分がいる。
もう一度やりたいと、そう思っている自分がいる。
脚本をやっていたあいつは、今は立派に脚本家をやっている。
衣装をやってたあいつも、独立したスタイリストになった。

俺だけは、何も変わっていない。
安定した生活と、家庭。変わったのはそこだけだ。
満たされない生活、俺はこのままで本当にいいのか?

色褪せない立ち入り禁止のステッカーは、何も言わずに俺を見つめている。

「バカね、やりたいことやればいいじゃない」

後ろから聞こえた言葉。
と、同時に、目の前に急に迫ってくるステッカー。

「え」

次の瞬間、俺は、
立ち入り禁止のステッカーのその内側に
顔から突っ込んでいた。

「いいよ、やりなよ」

振り返ったそこにいたのは妻、未来。

「あなたの、そういう所がいいなって思って結婚したんだよ」

そう笑った未来の笑顔は、あの時カメラに収めた、あの顔と変わらなくて。

「何かあったら、あった時。私たちには挑戦する環境が整ってるよ」

「でも、金が。時間が。そして、未来達が」

「そんなこと言い訳にしないで。大丈夫。あなたは、1人でやるわけじゃないんだよ」

未来が言った、最後の映画がクランクアップした時の言葉。

「いつかあなたがまたやりたいと思った時、その時はバカみたいにやろ。今は、ひと休み。私はその時もずっと傍にいて、ずっとあなたの夢を支えます」

だから、結婚したんだ。

「やろ」

未来も立ち入り禁止のステッカーを超えて、言った。

俺は、ステッカーを破いて棄てた。
いつだって言い訳にしてたのは俺。
出来ないことでは、無かった。
叶わない訳ではなかった、俺の夢。

もう一度がむしゃらにやってみようか。

そのために、頭を下げるのは悪くない。

俺は、言い訳を棄てて前に進む。

まぁ、あの頃より若くないから
少しだけ、ペースはゆっくりではじめようか。

そう言った俺を見て、未来は、笑った。

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