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私のリアルはゲームのように

「あとこれだけ解いたら…!」

私は手元のスマホを瞬きせずに見つめる。
画面には広告で見慣れたパズルゲーム。

「あとこれだけ解いたら、私は宿題に手をつける!」

隣接するパズルを入れ替えて3個以上をマッチすると消えるこのゲーム。
残る生命は2。
頑張ればクリアできそうな、そんな佳境。

「この緑をピンクと交換して消したら、赤が落ちてきて4つ揃ってこれが消える…。
で、それで出来たロケットであのパズルを消せば…」

ロケットというのはパズルを4つ揃えるとできる、縦か横の列を1列全て消してくれるスグレモノ。

いけるっ!!

そう思った私は迷わず人差し指を動かし、緑とピンクを入れ替えた。
思った通り、赤が落ちてきた。
そこまでは良かった。

「あ?ロケットにならない…?…あ!!」

揃うはずだった4列の内、1つの赤が消えてしまっていたのだ。
パズルを動かしたことにより、知らずのうちに勝手に3つ揃って消えてしまったようだ。
この手のゲームは、焦りによりこう言った計算ミスが生じる。

「待て待て、あと1回。奇跡が起きて消えるかもしれない」

私は慎重に考える。
いま消さねばならぬパズルは、あの黄色。
あいつの下に潜むパネルをあと1つ取れば私の勝ち。
パネルを消すには上に乗ったパズルを消す必要があるのだ。

「この赤を…いや、近くにある紫を縦に消してそこに奇跡的に黄色が落ちてきてくれれば」

私は奇跡を願う。

「ええい、ままよ。いったれー!」

人差し指を動かし、その場に黄色が落ちてくることを願った。

「頼む!宿題をやらないといけないんだ!私は!」

消えたパズル。
その場所に落ちてきたのは

「きた!黄色!やった!!クリアだ!」

画面には成功!の文字が出て、コインを獲得した。

「はははっやったー!このステージ本当難しすぎた…」

私は電源ボタンを一押ししようと画面を見た。
コインの後に映し出された「報酬」の文字と共に、
生命30分∞のマーク。
これはつまり

「うわ、30分やり放題。ここで来たか」

そう、普段はステージを5回チャレンジすると、
1回のミスごとに生命が1つ減っていくのだが
この∞マークがついたら、何度失敗してもその時間内は生命が減らないのだ。

「でも、宿題やるって決めたでしょ」

頭の中の天使が顔を出す。

「でも、ここで頑張れば今日終わるイベントで勝てるかもしれないぜ」

頭の中の悪魔も顔を出した。

「宿題、ゲーム、宿題、ゲーム、宿題…」

せめぎ合う天使と悪魔の声に耳を傾けて
私は必死に考える。

このゲームをクリアしてから宿題をやるとなると始めるのは30分後、お母さんがご飯と呼びに来るのは恐らくあと40分後。間違いなく宿題は終わらせられない。
でも夕飯を早く食べれば見たいテレビまで30分の猶予ができる。
そうしたらそこで宿題を終わらせれば、ゲームもできてご飯も食べれて宿題もできてテレビも見られる!!!

完璧だ。

頭の中のピースがハマる音がした。
私は次の瞬間宿題という単語を捨て、
ベッドに寝転がり30分の∞パズルライフを楽しんだ。
30分のライフがもたらした戦績はかなりの好成績で、私は世界ランクで上位になった。
私の中は溢れんばかりの満足感で満たされていた。

「さて、宿題やろ」

1問目からかなり難しく、なかなか解けない数学。
10分後、母から呼ばれ1階に降りる。

食卓に広げられたご飯を見て驚愕する。

「今日は贅沢なカニ鍋にしちゃった~。安かったのよ」

プラン変更だ。
カニ鍋をゆっくり堪能して、テレビを見てから宿題をやろう。
それがいい。一番安心して集中して宿題を解ける。

脳内のパズルが組み変わる。
それでもカチッと音がした。

母と兄弟と談笑しながら蟹を堪能し、
私はリビングのテレビの前に座る。

「姉ちゃん、何見るの」
「何、まさかお前…」
「そのまさかさ」

弟がテレビのリモコンを持っている。
ニヤリと口角を上げ、チャンネルの主導権が奪られた私を弟は嘲笑った。

まぁいい、それならば今のうちに宿題をして、テレビが空いたら録画を見ればいいこと。

私はスンっと踵を返す。
脳内のパズルがまた組み変わる。

「あ、先お風呂入っちゃいなさいよ。今日お父さん結構遅いみたいだから」

母からの言葉で完璧にハマる前にピースが崩れる。

忘れていたお風呂の存在。

まぁ、お風呂はシャワーにして時短、そこで宿題をすれば…
あれ、でも今日23:00からハルミと電話だった
それまでにドラマ見ておかなきゃだし、え、てことは宿題はそのあと?え、でも電話の後はそのまま寝たいのに、え、いや、でも

パズルがハマらない。
どう頑張っても何か余計なピースが邪魔をする。
電話の前に宿題を終わらせたいという気持ちが
色々な可能性を潰していく。

ゲームは、あんなに上手くいったのに。

何ステージも一気にクリアして、イベントも大勝利を上げたのに。

私はとりあえず湯船に浸かることにして。

お風呂から出たら弟は電話をしていたからテレビは空いていて。

ドラマを見始めたらハルミから連絡があって。

『今日の明日コレやばかったねー!電話22:30からにしよー☺️早く語りたい♡』

現在の時刻は22:00だったので慌ててCMを飛ばしてドラマを見て。

22:30から電話をして。

24:00に電話が終わって机に向かって宿題をしました。

襲いかかる数字の羅列に私の瞼は乗っ取られてしまったようで。

宿題を終わらすことが出来ませんでした。

そう話したら、
みんなの前で怒る先生。笑う教室。
申し訳なさそうに笑いながら手を合わせるハルミ。

はぁ、リアルはそう計算通りには行かないや。

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