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絵描きの私と5人の男 #1

とある昼下がり。人里離れた少し寂れた私の家に、知らない女の子が飛び込んできた。
どうやら売れない絵描きの私の家に住む男、木山と知り合いらしい。
その木山も数カ月前突然家にやってきて、
「家なくなったから一緒に住んでいい?」と言ってきた。
まぁ知らない人では無かったし、いいよと答えたのだ。
まずは人を信じることが大切、と、昔から教わってきたし。

突如来た彼女は、家に入ってきて早々、急に携帯を鳴らし始めた。
するとソファーの下でスピーカーONの状態で鳴る、別の携帯。
充電されている、木山の携帯。

携帯の持ち主は電話口に出なくて、延々と画面に表示されているのは発信者の彼女の名前。

「何で…私の名前知ってるの」
彼女がそう呟くので、
「あ、この人、割と女の子大好きで知り合いの知り合いとか辿って勝手に番号入れてるって言ってた気がします」
と私は答えた。
「そんな…」
彼女が何か言い終わる前に、電話が留守電に変わった。
ただ、その留守番メッセージは、私の知っている言葉とは違っていた。

「…はろー。あらー、この携帯の番号知ってるってことは、君、大分知っちゃってるんだね~」

もはや、留守番メッセージでは無かった。

私は、何かを察した。

木山が何か悪いことをしているってことは、
たまに見せる不思議な挙動で何となく分かっていた。
人懐っこい笑顔の裏に潜む、闇。
それに彼女は片足を突っ込んでしまったのだろう。

おそらく、彼女の居場所は今の発信でバレてしまったはずだ。
というか彼女は何故、わざわざ木山に電話したのだろう。
そんなリスクを犯して知りたい事があったのだろうか。

まだ留守番メッセージを聞いて数分も経ってない。

咄嗟に窓を見たが、2階とはいえ彼女がここから飛び降りることが出来るとはとても思えない。

だが今なら、玄関から逃げても間に合うかもしれない。

私は彼女を玄関に促し、全力で逃げるように伝えた。
彼女は泣きながら頷き、押しドアを開けた。

後ろにいた私でも見えた、開けたドアの右側の黒い人影。

あ、やばい。

「待っ…!」

彼女を止めたが、もう遅い。
彼女はその黒い人影に腕を引っ張られ、
背中を思い切りナイフで刺された。

その場で崩れる彼女。
黒い人影はこちらを向き、私に向かって刃を振り下ろした。

咄嗟に腕を抑える。
なかなか強いが、止められないほどでは無かった。

「…待って、私は何も知らないよ、銀」

黒い人影の男の名は、銀。
木山がそう呼んでいた。
何度か顔を合わせたことはあるが話したことは無い。

「…知らないとか関係なく、ここにいるやつを殺せと言われている」
「…でも私は困る。私は、何も、知らない」

腕を抑えながら、私は銀を睨み必死で抵抗を続ける。
さすがに腕が疲れてきて、もうダメかも、と思った。

「ぎーんちゃん。ダメだよ」

この状況に見合わない、楽観的な声が聞こえてきた。

「赤マル…」

棒キャンディーを口に加え、スキップしながら近づいてくる赤髪の彼は、木山が赤マルと呼んでいた、コミュ力お化けの男。

「はろー。中々の現場だね。大丈夫??」
「大丈夫じゃない」
「だよねぇ。銀ちゃん、もういいよ」

銀はナイフを持つ手を下ろした。

それを見て、赤マルは私を抱きしめた。

「怖かったよねぇ~。大丈夫大丈夫」
「…何がどうなってるの?この子は…」
「詮索、しちゃう?」

赤マルが私を抱きしめる力が強くなる。
苦しい。

「しない、ごめん」
「いい子ー」

赤マルは私を離した。
足の力が抜け、すとんとその場に膝から崩れ落ちた。右を見ると、銀の足と、刺されて動かなくなった謎の女。
左を見ると、笑う赤マル。その奥にいる無口な牧。
牧も木山の取り巻きで、本当にあまり口を開かない男。

なんだ、このカオス。
とりあえず、私は何をしたらいいんだ。

呆然としていると、奥にいた牧の目に少し光が入った。

「来た」

全員が牧が見ている方向を向くと、
2人の男が歩いてきていた。

「ロイ、木山…」

ロイは長身の色気のあるオシャレな男。木山とずっと一緒にいる。
だから家にもよく来た。
色々謎だが、確かに分かるのは、敵に回したらヤバそうっていうこと。

そして、事の元凶であろう、木山。
先に言ったが人懐っこい笑顔が魅力の、言葉の魔術師。

「巻き込んでごめんね。まさかこいつがここまで突き止めるとは」

木山が倒れている女を見つめる。
そしてロイと目を合わせると、ロイは女を担ぎ、少し遠くに投げた。
そこに牧がオイル瓶を投げる。
瓶が割れ、女にかかる。

最後に銀がそこにライターを投げた。

「ひっ…」

燃え上がる女の遺体。
いや、正式にはまだちゃんと死んでいたかも分からない女。
そこに感情なく当たり前のように火をつけた彼ら。

「しょ、正気じゃない…」

私はそこに広がる臭いと煙にむせる。
20数年、長い間絵を描いているがこんな光景は見たこともないしこの酷い匂いを嗅いだことも無い。
涙が出てきた。恐怖なのか、なんなのか、
よく分からない、涙。

「あーあ、泣かない泣かない。怖いよねぇ、ごめんね」
赤マルがあっけらかんとした口調で笑い、私の頭にポンと手を置いた。
「赤マル」
「はーい」
木山に制され、赤マルは私から離れてスキップでロイの隣へ移動した。

「ごめん。巻き込むつもりは無かった」
「だと、思いたい」
「本当に偶然。俺のミス。まさか居場所がバレるなんて思わなくて」
「ミスって何?なんなの、これは、どういう状況…」

私は言いかけてハッとした。
この雰囲気、この空気、
聞いてはいけないことがある。
私を見て口角こそ上がっているが目が笑っていない木山を見て、そう気づいた。
だから、この不安の核心だけつきたくて、
一つだけ質問した。
「私は…死ぬの?」

「さぁ、どうだろう」
木山は首を少し傾げ答えた。
「いつから」
「ん?」
「いつから私を殺すつもりだったの」
「さぁ、どうだろう」
「否定はしないのね」

木山はニッコリと微笑む。

「絵描きに、ならなければ良かったのに。そうしたら俺らはまた会うことはなかった」
「どういう…」
「お前の絵、好きだったよ」
「……」

何を言っても無駄だと思った。
木山は確実に、私を殺す目をしている。
そしてそれは、その周りも。

一体いつから、どうして私が。
何もかもが謎だけれど、今、バカでもわかることが1つ。

このままだと、私は死ぬ。

知ったやつらに殺される。

「……私の絵が何をしたかは知らないけれど、でも」
「でも?」
「私の絵で逆にあなた達を救うことが出来たら?」

5人の目が刺さる。
煙が目に染みて痛いが、私は怯まない。
ここで怯んだら、負けだ。

「木山。あんたが何をしているかは知らない。そして取り巻きのあんたらもヤバいやつなのはわかった。でも、私の絵があんた達がそうなった原因を作ったんだったら。だったら私は、その絵を持ってあんた達を救いたい」

「…」
全員、黙っている。

「木山、チャンスを頂戴。まだよく分からないけど、私はここで死ねない」
「……」
「それに」
「?」
「あんたが家にいた期間の家賃も、食費も、光熱費も。あんたが生きるために使った金全部返してもらってない」
「……ふっ」

木山は笑って、両手を挙げた。

「わかった。参ったよ。まだ話せないけど、直に話す。それまでは、生きていてもらおうか」
「絶対話してよ」
踵を返した彼に、ロイ、牧がついて行ったが、
銀は黙って私を見下ろしていた。
「よかったね。もう少し一緒にいられるね」
ニコニコしながら私の横に来てしゃがむ赤マル。

ただの絵描きだった私は一転、やばい世界に足を踏み込んでしまったに違いない。

笑う赤マルの奥に見える、燃え尽きた彼女を見ながら私は、文字通り固唾を飲んだ。

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