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創作ものがたり

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猫

吾輩は猫でありたかった。
名前ももうある。
どこで生まれたかも頓と見当がつくし
今もぬくぬくと、一軒家で両親とギャーギャー騒ぐ弟と暮らしている。

唐突に夏目漱石の名作、「吾輩は猫である」を文字って始めた事には意味がある。

吾輩の名は桜木悠太。高校3年生のオス。

吾輩の席は3階の教室の窓際なのだが、
そこから少し下を除くと見える木の上に、1匹の黒猫がよく来るのだ。

いつも思う、お前はどこに行

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あの氷が溶けきる前に

あの氷が溶けきる前に

どうしてもやらなきゃいけないことがある
あの氷が溶ける前に、やらなきゃいけないこと

時間が無い
焦燥感と共に氷はどんどん溶けていく

水に変わる氷を横目に
私はやらなきゃいけないことがある
氷を気にしながら
迅速にやらなきゃいけないことがある

切れる息、汗ばむ手
不安がよぎる
あの氷が溶けきる前に終わらなかったら
やれなかったら私は

涙が出てくる
目の前が見えにくくなって慌てて目を拭いた

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ビジネスライクな氏名の2人

ビジネスライクな氏名の2人

「これラミしといて」

会社の上司に1枚の紙を渡された蘭美は少しムッとした。

「違う違う、わざとじゃないって~」
「わかってます」
「ラミ、しといてよろしく清水蘭美ちゃん」
「……」

清水蘭美は今年23の現役バリバリキャリアウーマン(死語)。
彼氏はいないが、趣味を充実させ、
公私ともに順調な何不自由なく生きてきた女性だ。
ただ、両親から頂いた宝であるこの名前だけは22年間気に入っていない。

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あなたという存在

あなたという存在

畳まれない洗濯物を見て
あなたと離れたことを実感して
切なくなる

最初はやっていたはずなんだ
だけどいつからかあなたがやってくれることが当たり前になっていて

いつからやらなくなったのだろう
何もしなくても良くなった

それに甘えて何もしなくなった私を
あなたはいつも横目で見て呆れていたね
そしていつでも笑ってくれていたね

もっと色々やっておけば
こんなに悩むこともなかったな
もっと自分から色

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無垢にスパイスを

無垢にスパイスを

毎週木曜日の夕方16:00過ぎ
私は決まって行くところがあるの

忌まわしい通勤コースを抜けて
少し路地裏に入って右に曲がると
甘い香りが漂う可愛いお店
彼が待ってるマラサダのお店

店内に入ると迎えてくれるコーヒーの香ばしい香りとマラサダの甘い誘惑が私を包み込む

そして極めつけに

「いらっしゃいませ」
と笑う極上の彼のスパイススマイル

これだけで私の1週間満たされて
あと1日頑張ろうって思

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とある奇人の指針 #1 「鍵のあるドア」

とある奇人の指針 #1 「鍵のあるドア」

さて、ここで質問です。

今、あなたの目の前に
沢山の鍵穴がついたドアがあります。
そして、あなたの手元には1つの鍵が。

どれも同じ鍵穴に見えますが、
全て違うドアのものです。

あなたの手元の鍵はマスターキーのようなもので、どのドアでも開けることができます。

1回差したらもう戻すことは出来ません。
そのまま右に捻って鍵を開けてください。

あなたなら、どのドアを開けますか。

急に聞かれても

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水面下の2人

水面下の2人

会社にあるウォーターサーバーの音が好きで
私、高坂楓は頻繁に喫煙所の横にあるサーバーに水を取りに行く。

同期や先輩はみんな水筒を持ってきていて、
(いや、水筒なんて言ったらまた笑われる。タンブラー的なアレ)
頻繁に身体の老廃物を外に出すことを促進している。

「未だにウォーターサーバー使ってるの、
うちのおっさん達かお客様くらいだよ」
そう言って今日も同期に笑われた。
「持ってきなよ、マイボトル

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その水に気付けない理由

その水に気付けない理由

最近手が妙にスベスベする

肌質が変わったのだろうか
でも何故?私、何かしたっけ

思い当たる節を考えてみる

この間温泉に行った
その泉質と肌があったのかな

この間化粧水を変えた
顔だけじゃなくて手にも効果あるのかも

最近水を多く飲むの
肌に潤いが出てきた可能性アリ!

……思い当たる節が多すぎて、
全く分からない

このままじゃ埒が明かないから
親友のミユに電話してみた

「ねぇ私、最近手

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大切なものが欠如した世界のどこかで

大切なものが欠如した世界のどこかで

僕たちは歩いている
目的地は無いが いつも歩いている

僕たち というのは
僕には妹がいて
その妹が連れている茶色の動物がいる
だから 僕たち

何となくいつも一緒にいる

何となくお腹が空いたらそこら辺の草や
小さかったり動かなかったりする動物を食べて歩いている

この前 僕たちも僕たちより大きな動物に食べられそうになった
あいつはよく僕たちを食べようとする
1回噛まれたことがあるがとても痛くて

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怠惰の中に映るもの

怠惰の中に映るもの

何も考えたくない日は
何も考えないでやろうと思った

何もやりたくない日は
何もやらないでやろうと思った

でも そうはいかなかった

何も考えたくない日でも
何も考えたくないって考えなきゃいけなかったし

何もやりたくない日も
ダラダラして寝付くまで寝転がってなきゃいけなかった

生きていることは素晴らしいと
生きているだけで幸せだと
死にたいと思えるだけで幸せじゃねーかと
そう言って笑うあなた

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嘘の色

嘘の色

「今日、先生休みだってよ」
僕は親友のアサヒに嘘をつく。
「え、マジで?」
アサヒは少し喜んだ。
「うっそー」
僕はアサヒに向けて舌を出す。
「だと思ったよ」
僕に指を向けて、小さいため息をつくアサヒ。

僕の顔に、1本線が入る。

「お、今日は緑だな」
アサヒは僕に鏡を見せる。
「ホントだ、緑だ」

よく分からないが、これは僕の体質である。
先天性のものではない。
ある日突然、嘘をついたら顔に線

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マンホール大魔神

マンホール大魔神

「あきと!!またあんた勝手に食べたわねー!!」

戸棚のお菓子を勝手に食べたら、怒られた。
でも食べたかったんだから仕方ないじゃないか。
でもそう言ったら怒るんだから、言えないし。

僕は不貞腐れて、小さな声で「食べてない」と呟く。

「嘘つくと庭のマンホールの中に閉じ込めちゃうからね!!!」

お母さんはいつもそうやって言う。
マンホールなんて工事のおじさんが使うやつなんだから、底が無いわけない

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水が降る

水が降る

子どもが泣いている。
どうしたのかと聞くと、お母さんがいなくなってしまったらしい。
一緒に探してあげるよと言うと、子どもはありがとうと言って僕と手を繋いだ。

しばらくすると、母の姿が見えたようで
子どもは僕の手を振り払って走り出した。

母親に抱きついたその子の傍に行き
見つかってよかった、と声を掛けたら、
その母親は怪訝そうな顔をして僕に浅く1礼をした。

なんだか不快だった。

不快な気持ち

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死ぬことを恐れない男

死ぬことを恐れない男

ある昼下がり、俺は駅に立っている。
未曾有のウイルス災害によりテレワーク続きだった会社も、徐々に出勤となった。
しかし時差出勤とやらで俺はこの時間に会社に向かうことになったのだ。

午前にリモート打ちが無ければ昼前まで寝れることは嬉しいが、逆にそんなに長く寝てしまうと今度は起きることがしんどくなる。
それが俺にとっての最近辛いことだ。

瞼が重い。欠伸が出る。
電車はまだ来る気配がない。

ポカポ

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