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水が降る

子どもが泣いている。
どうしたのかと聞くと、お母さんがいなくなってしまったらしい。
一緒に探してあげるよと言うと、子どもはありがとうと言って僕と手を繋いだ。

しばらくすると、母の姿が見えたようで
子どもは僕の手を振り払って走り出した。

母親に抱きついたその子の傍に行き
見つかってよかった、と声を掛けたら、
その母親は怪訝そうな顔をして僕に浅く1礼をした。

なんだか不快だった。

不快な気持ちを持ったまま僕は喫茶店に入った。
独特な空気が流れる、純喫茶。
僕は店の隅のテーブル席に座る。

こういうところのナポリタンが大好きで
注文しようと思ったが、ここにナポリタンはなかった。
ミートソースはあった。
でもそんな気分じゃなかったので珈琲しか頼まなかったら、常連とマスターにカウンターでクスクス笑われていた。

ひどく不快だった。

珈琲を飲み終わり、店を出て歩く。
こんな服カッコイイなと高い店のショーウインドウを眺めていたら、女子高生が僕を指さして
「お金無さそうな人がハイブランドガン見してる」
と笑いながら通り過ぎていった。

かなり不快だった。

確かに金は無い。
でも見る分には自由じゃないか。

曇っていた空から水が落ちてきて僕の顔にかかる。
梅雨不相応のゲリラ的な雨が降る。
傘を持っていなかった僕は、土砂降りの水に晒されて天を仰ぐ。

顔が濡れて力が出ないというキャラクターの気持ちがわかるほどの水が降りそそぐ。

今日は何も出来ない。
明日も何も出来ない。

僕はこの水と一緒に流れてしまいたい。

滝行のような強い雨に打たれ、
僕の安い服は濡れた。
残念ながら下着までびしょびしょだ。
周りの人は怪しげに僕を見る。
だから僕も怪しげに見返す。

傘を差さない僕にとってこの水は雨ではない。
紛れもなくただの水。

だからどうかこの僕の両の目玉から流れる
生温かい情けない水も
隠して遠くまで流していってくれ。

いつかこの日が笑い話になる日が来るように、
僕は、願う。

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