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とある奇人の指針 #1 「鍵のあるドア」


さて、ここで質問です。

今、あなたの目の前に
沢山の鍵穴がついたドアがあります。
そして、あなたの手元には1つの鍵が。

どれも同じ鍵穴に見えますが、
全て違うドアのものです。

あなたの手元の鍵はマスターキーのようなもので、どのドアでも開けることができます。

1回差したらもう戻すことは出来ません。
そのまま右に捻って鍵を開けてください。

あなたなら、どのドアを開けますか。

急に聞かれても困る?
それはそうです。

ん?置かれている状況が分からないと答えられない?

その鍵を開けたら何があるんですか?

鍵は差さないといけないんですか?

…何を言っているのです。

私の質問は、「どのドアを開けますか」です。
直感で答えてくれたらそれでいいのです。

何故先を知ろうとするのです。

何故、今置かれている状況を冷静に分析する必要があるのです。

そうしている今1分1秒、そこにいることが無駄になるのに。

もう一度言います、私の質問は
「どのドアを開けますか」ただそれだけです。
それ以外の答えはいりません。

ん?ドアは何個あるのですか?

ドアに色はありますか?

鍵の大きさはどれくらいですか?

……

どれもこれもくそほどにつまらない答えですね。
いや、答えでは無いか。

逆に問いましょう。

何故、そんなことを聞くのですか。

私はただ、ドアを選んで開けろと言っているだけなのに。

先を考えるやつもいれば
そこに怪しさを覚えるものもいる。

一体君たちは何に怯えているのです。
得体が知れないからドアには触れられないということですか。
でもドアを開けることしかここで出来る選択肢は無いのです。

そこにくだらない理由をつけて、すぐにドアを開けようとしないのは何故ですか。

ドアを開けたら死ぬかもしれない恐怖ですか。

悪くは無いでしょう。
死は怖い。それは分かります。

ただ、これはあくまで仮定の話で
そんな状況に置かれることの方がごく稀であるのです。

その状況の想像も自分でしようとせず、人に答えや考えを委ね、ドアを開けるまでのその間、無駄な理由をつけて何もしないあなたのその行動こそが1番、死に近づいていると思いませんか。

我々はこうしている今も死に近づいている。
今私があなたに質問をした数分前より、確実に生きられる時間が減っている。
なのにどうして、あなたはそのドアの前からすぐに動こうとしないのか。

答えは簡単だ。自分が可愛いから。

馬鹿げたやつほど簡単にドアを選ぶ。
それが当たりであろうが外れであろうが。
そういうやつに何でそれを選んだかと聞くと、
おかしなことにそれはとても的を得ている。

「どれでもいいと思ったから」
「勘」
「目の前にあったから」

そして私が1番面白いと思ったのは

「当たり外れがあるなんて、言われてないから」

至って単純。
だがその通り。

このドアとは人生そのもの。
あなたの一瞬、横断歩道を渡るか渡らないか?
電車に乗るか乗らないか?こんな些細な分岐点にも存在する選択肢なのである。
よくよく考えれば、その答えに外れなど無し。
自分が選んだ道であれば、たとえ外れすらも凌駕する、そんな意志を持った人間であれと。

私はただそれをあなたに伝えたくて質問しただけなのです。

深く考えることはない。
したいことをただしたいように
悩むことはない。
何かをしたいならその悩みこそ無駄である。

私はあなたに、それを伝えたい。

それでは…と言いたいところでしたが、
あなたにはもう1つ言わねばならぬことがありました。

ドアはどれを選んでも良いですが
その先が人道に外れる道であればそれを凌駕することは痛く厳しい。
まずそんな選択肢は悩む前に捨てることですね。

それはあなたが、あなたを信じるのなら
その痛く厳しい世界を進む必要は無いからです。

それでは、ごきげんよう。
あなたの持つ鍵があなたの幸せに続く道へと繋がりますように。

ピピピピピ

「……」

目を覚ました柏木イツキ(14)は、ベッドの上にいた。

…おかしな夢を見ていたようだ。

ただ、何か憑き物が取れたような、スッキリした気分だ。

イツキは起き上がり、机の上にあるナイフを手に取りそれを見つめる。

「俺は、あいつらを殺したい」

引き出しを開ける。

「でも、間違ったことはしない」

引き出しの中の遺書の横にナイフを置いて、
イツキは引き出しに鍵をかける。

憂鬱な1日が始まる。
だけど、不思議と昨日の夜まで持っていた不安と恐怖は欠片も無く消えていた。

「この選択が外れであろうと、俺の人生まだ長い」

イツキは階段を降りて、朝食を作る母の元へ駆け寄る。

「おはよう、イツキ。もう朝ごはん出来るよ」

「俺ね、母さんに言わなきゃいけない事がある」

「……?どうしたの、イツキ」

「母さん。俺、もう学校に行きたくないんだ」
  
「何?どうしたの」

母は味噌汁をよそっていたお玉を置く。

「ごめん。俺、イジメられてるんだ」

母は迷わずイツキを抱きしめて泣いた。

…本当は、恥ずかしくて、心配掛けたくなくて言えなかった。
でも、本当はとても言いたくて、誰かに助けて欲しくて。
でも憎いあいつらから逃げるのが悔しくて何かしてやりたかった。
でも、今日、そんな思いよりも何よりも強く、これを母さんに言わなきゃいけないと思ったし、言おうと思ったんだ。

イツキは、その日から学校へ行くのを止めた。
部屋に入り、机の引き出しの鍵穴を見て微笑む。

…悩む必要なんてなかったんだ。

いじめを受けた辛さは残るし、あいつらが今日も楽しく生きていると思うと悔しい。
だが、俺はその分お前らより強く長く生きてやる。

お前らが開けた人をいじめるというドアが繋がる道は、人道に外れた厳しい道だ。

いつか俺の知らないところで、その報いを受けるといい。

その時俺は、俺の開けたドアの先

苦しむお前らを笑うために待っていよう。

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