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吾輩は猫でありたかった。
名前ももうある。
どこで生まれたかも頓と見当がつくし
今もぬくぬくと、一軒家で両親とギャーギャー騒ぐ弟と暮らしている。

唐突に夏目漱石の名作、「吾輩は猫である」を文字って始めた事には意味がある。

吾輩の名は桜木悠太。高校3年生のオス。

吾輩の席は3階の教室の窓際なのだが、
そこから少し下を除くと見える木の上に、1匹の黒猫がよく来るのだ。

いつも思う、お前はどこに行ってどこに帰るのかと。
そして思う、一人でいて寂しくないのかと。

まぁきっと寂しくなんてないのだろうな。
彼ら猫は、とても自由だ。
しかもあの黒猫には首輪がない。飼い猫ではないのだろうから、特に自由だろう。

眠い瞼を擦りながら、吾輩は起きて授業を受けている。
夏が近くなってきたこの時期、体育の後の国語は眠い。
これが本日最後の授業ではあるのだが、果たして耐えられるであろうか。
口を開けて欠伸をする吾輩。
目を開けると黒猫と目が合った。

お前は我々を見て何と思っているのだろう。
因んでおくと、吾輩は書生では無いぞ。
お前を煮て食おうなんて思ってもいない。
ただ、お前は少し普通の猫より丸っとしているから、美味しいのかもわからぬが。

吾輩の思いを感じたのであろうか、黒猫がいなくなる。
木から降りて、遠くへ歩いていく。

吾輩も限界である。
教科書に突っ伏して風を浴びた。
なんとも心地よい。

授業が終わり、教室内は途端に騒がしくなる。
吾輩…いや、もういいか、吾輩は。
俺は教科書を閉じて鞄の中に入れた。

今日は家に帰ってテスト範囲の復習をしないといけない。
来月はテストだし、模試もある。
変な点を取れば、また親に怒られる。

俺は帰ろうと鞄を持って立った。

「あれ、悠太帰んの?」
話しかけてきたのはクラスメイトの浅田。
「あ、うん。今日はさすがに」
「えー、また勉強?いいじゃん!まだ先じゃんテストなんてさ」
「まぁ、そうだけど昨日遊んだし」
「悠太なら次も楽勝だって!今日はさ、昨日のメンツに女子も呼んでカラオケしよーって言ってたんだ!な!」

クラスの数名の女子が頷きながら近寄ってくる。

「悠太が帰るんだってさー」
「えー、なんでー!」
「テスト勉強だって」
「まだ先なのに?偉いね!」
「まぁこいつんち親怖いしな」
「そうなのー?でも明日からにしたら?」
「そうだよ、悠太、明日からにしようぜ」
数名に詰め寄られた俺が
「いや、でも今日はマジで…」
と言うと

空気が少し悪くなった、気がした。

俺だって、好きで勉強ばかりしている訳じゃない。
やりたいことだって沢山ある。だけれど…。

とはいえこれが嫌だから、いつも俺は
「……明日からでも大丈夫かぁー!」
と笑ってしまう。

クラスメイトが笑う。どこ行くー?と会話が始まる。
笑う俺。何だよこれ。

だから吾輩は、猫でありたかった。
自由で、誰にも縛られない、そんな猫に。

学校の校門を出ると、生徒が溜まってザワザワしていた。携帯を持つ者が写真を撮っている。
「なになにー?どーしたー?」
浅田が先陣切ってその集団に話しかける。

「猫が、死んでるんです」

集団の1人が側溝を見ながらそう答えたので、俺は慌ててその猫を確認した。

その猫は確かに、さっきまで木の上にいた、あいつだった。

吾輩は猫であるの猫も、酔って甕の水の中で最期を迎えたっけか。
ならお前も、それと一緒なのか。
知ってしまった人間界の何かを、追い求めて側溝にハマって溺れてしまったのか。

あの猫は死んで太平を得ると、ありがたいと死んでいったが、お前はそうであったのか。

「やめろ」

俺は写真を撮る生徒たちを止め、割って猫と生徒の間に入った。

そして濡れた猫を抱き上げて歩く。
「え、なにやってんの悠太、汚…」
「吾輩は猫でありたい」
「え」
「もう、自分の意思を殺して生きるのはやめるよ」
何かを言いたそうにしている浅田を置いて、俺は歩く。

通学路途中の角を曲がるとある、見晴らしの良い丘に猫を埋めて、
その横から問題集をビリビリに破って捨てた。

吾輩は猫でありたい。
自由を知り死に逝くその時まで、
自分を持ち、自分を生く猫でありたいのだ。

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