見出し画像

マンホール大魔神


「あきと!!またあんた勝手に食べたわねー!!」

戸棚のお菓子を勝手に食べたら、怒られた。
でも食べたかったんだから仕方ないじゃないか。
でもそう言ったら怒るんだから、言えないし。

僕は不貞腐れて、小さな声で「食べてない」と呟く。

「嘘つくと庭のマンホールの中に閉じ込めちゃうからね!!!」

お母さんはいつもそうやって言う。
マンホールなんて工事のおじさんが使うやつなんだから、底が無いわけないし、開けられない訳が無いじゃん。
でも僕は怖いフリをして

「いやだ!!僕が食べました!」

と言う。
そうするとお母さんは、「素直に言えて宜しい」と言う。
そうなると怒られるのはここまで。
「もう次は絶対に、勝手に開けちゃダメだからね」
と言って終わるんだ。
僕はそれを知っている。

昔お母さんが、うちの庭のマンホールにいる、マンホール大魔神の話をしてくれた。
いつもは中で眠っていて、夜になると起きてヒタヒタと出てくる。
子どもの肉が大好物で、夜出歩いている子どもを見つけたら魔法で連れ去ってマンホールの中で食べちゃうんだって。

こう言った都市伝説のような脅しは悪いけど僕には効かないよ。
だって、そんな訳ないからね。
さっきも言ったけど、マンホールに底が無いわけがないし、閉じ込められても僕は別に怖くない。
あの下には下水道管のハンドルとかがあるんだ。
あとは地下の下水路に繋がるハシゴとか。
見たことある。

僕はお母さんの前で怯えたフリをしているから、
こういうのが僕に効くと思っている。

へへん。僕は5歳だけど、そこらへんの5歳児と一緒にしないで欲しいな。

夜、僕はそう思って眠りについた。

朝。お母さんがお隣さんと玄関で話している隙にジュースを飲もうと、椅子を持ってきて冷蔵庫を開け、コーラのペットボトルを取る。
食卓の上にあるマグカップに注ごうとしたが、
運悪く手を滑らせてペットボトルを落としてしまった。

シュワシュワと音を立てて零れるコーラの先に、
何かの紙。
やばいと思ったから僕は咄嗟にコーラを立ててタオルを探す。
キッチンにタオルが無かったので、ソファーの上に置いてあった布を被せた。

お母さんが戻ってくる音がしたので、
僕は慌てて逃げる。

悲鳴が聞こえた。

くるぞ、「あきとー!!!!」がくるぞ。
僕は部屋の隅でしゃがんで耳を塞ぐ。

ところがいつまで経っても、その声は聞こえてこない。

どうしたんだろうと、恐る恐るリビングを見に行くと、お母さんは、呆然と僕が引き起こした事件現場を眺めていた。

「お母さん……ごめ」

僕が言い終わるより先に、お母さんは僕を抱き上げて、外に出た。

……これは初めて、マンホールに入れられるのでは…
僕は何だかドキドキした。

予想は当たっていて、お母さんは何も言わずに僕を庭のマンホールに入れた。

僕が思ったマンホールと違う。
底はあるが、そこには何も無い。
いや、ダジャレとかではなく。
何も無い、ただの空間。
少し天井の高い、穴。

「待って、お母さん!!」

僕の声は響かないし、届かない。
まぁ、開くことは知ってるけどね、と思い、横に着いていたハシゴを登って蓋を力いっぱい押すが、開くことは無かった。

え、、

僕は少し驚いたが、
まぁ夜までには出してくれるだろうし、いいか。
と気楽に考えて眠ることにした。

少し、寒くなってきた。
何時間寝たんだろうか。全くわからない。
もう1回ハシゴを登って蓋を開けようとしたが、
びくともしない。

もしこのまま、本当に出れなかったら…?

僕は何となく不安になってくる。
下からカツン、と音がした。
下は土だから、石が落ちてもカツンとなるような床じゃないのに。

脳裏によぎるマンホール大魔神の話。

いや、いるわけない。
いるわけないんだ、そんなもの。
そもそも魔法だってこの世界には無いんだから。
僕はハシゴを下りようと下を見る。






ギョロッとした目玉の、紫色の気味の悪い何かがそこにいた。


「う、うわぁぁぁ!!おか、お母さん!!!」

僕は慌てて蓋を叩く。
押すが、びくともしない。

ギョロッとした目玉の何かは徐々に近づいてくる。

「お母さん!!食べられちゃうよ!僕、食べられちゃう!!!」

ニヤリと笑う、気味の悪い何か。

「お母さん!!お母さん!!うっ」

臭い。
下水の酷い臭いが鼻に入ってくる。

「オエッ」

気持ちが悪くなってきた。
心做しか、空気も薄い。

「お母さん、僕、死んじゃうよ…」

気味の悪い何かは、僕の右足を掴んだ。

「ひっ」

酷く冷たい。

下を見るとニタァと笑って、そいつは口を大きく開けた。

男らしくない高い声でキャアと叫んで、僕は全力で蓋を叩き、叫んだ。

「お母さん!!ごめん!!!もうしないから!もう、悪いこと絶対しないから!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!!」

3回目のごめんなさいの後、右足に絡まっていた冷たい感覚が無くなった。
なんでだろう、と下を見ると、
あいつは少し下に下がり、ニタリと笑って、口をパクパクしている。

「え…何」

ヒ…エ…ャ…エ

「何…」

ィ…エ…ャ…ォ…エ

「いえ…」

ィ…エ…タ……ォ…ニ…ェ…

「いえ…言えた、のにね?」

気味の悪い何かは頷いて、瞬きをした。

デモ…モ…ォ…オ…ィネ

何かの目が光って、僕の身体を包む。

引き摺られる。
下に引き摺られている!

「わ、待って!!やだ!!いやだー!!!」

……

………

「あきと!!」

僕はお母さんの声で目を覚ました。

ここは、自分の部屋の隅。隠れていたところだ。

「え、お母さん…僕…寝てた…?」

「何言ってんの!!あんたは!!お母さんの服台無しにして!!!」

「服?え、でもお母さんそれで僕のことを…あれ…なんだっけ…」

「もうダメです!!
今日という今日は本当に許しません」

「!?」

お母さんが僕の腕を引っ張る。

「待って、お母さん、違う、コーラのみたくなっちゃって」

無言のお母さんはスタスタとマンホールへ向かっていく。
何が起こったのか全く分からない。
ただ1つ言えるのは、このままだと僕はマンホールに入れられるということ。



まぁいいか。
どうせ出られるし。


僕はマンホールに入れられた。

ハシゴを登って蓋を押しても出られない。

結構、寒くなってきた。

下からカツンと音がして、
下を見ると気味の悪い何かがそこにいた。

僕は叫んで、助けを求める。
開かない蓋。

気味の悪い何かに、左足を掴まれた。
冷たい。

怖い。

「お母さんごめんなさい!!ごめんなさい!!!ごめんなさい!!!」

気味の悪い何かは僕の左足を離す。

モウ…オ…ソィ…ネ

気味の悪い何かが瞬きをすると、
僕は下に引き摺られた。

「うわぁぁぁ!!やだ!いやだぁぁぁ!!」

「あきと!!」

お母さんの声で目を覚ます。
ここは、自分の部屋の隅。隠れていたところだ。

「あれ、僕…寝てた?」
「何言ってんの!!お母さんの服台無しにして!」
僕は怒られる。
お母さんに腕を引かれ、マンホールの方に連れていかれる。

まぁマンホールは出られるしいいや。

ん、なんだろう。
両足がズキズキする。

僕は足元を見る。


あれ、僕の足首、こんなに細かったっけ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?