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#読書感想文

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文芸書から自己啓発書まで、読書感想文として書き留めています。ご参考になれば幸いです。
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#書評

安部公房(1962)『砂の女』再読の感想

安部公房(1962)『砂の女』再読の感想

安部公房の『砂の女』を再読した。

昭和37年(1962年)に新潮社より出版され、昭和56年(1981年)に文庫化されたものを読んだ。新潮文庫の解説は、ドナルド・キーンである。

はじめて読んだときの印象とそう大きくは変わらなかった。結末のおかしみ、何とも言えぬ脱力感がある。

ただ、主人公の男が、思ったより、アグレッシブで、いやったらしいインテリ風で、翻弄されるという感じに欠けていて、あまり同情

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向田邦子(1985)『男どき女どき』の読書感想文

向田邦子(1985)『男どき女どき』の読書感想文

向田邦子の『男どき女どき』を再読した。1985年に新潮文庫から出された短編小説とエッセイの本だ。

十代の頃、向田邦子の技巧性(うまさ)に恍惚を覚えた記憶がある。なんて、天才なのだろう、と。

今回、再読して、彼女が天才であることは間違いがないと思われた。しかし、彼女の限界もおぼろげながら見えた。

向田邦子はフェミニズムを超越したものを書いている、などという賛辞を聞いたことがある。家族の尊さは思

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里中哲彦(2021)『そもそも英語ってなに?「侵略の英語史」と「学習の極意」』の読書感想文

里中哲彦の『そもそも英語ってなに?「侵略の英語史」と「学習の極意」』を読んだ。2021年11月19日に現代書館から出版された本である。

英語が世界共通語になっているのはなぜか。

CIAスパイのPODAM(正力松太郎)が日本テレビの電波を利用して、アメリカのドラマやアニメを流して日本人を洗脳したとか、元朝日新聞編集委員の船橋洋一もCIAのスパイで英語を公用語にしようとしていたとか(p.46-48

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#読書感想文 スーザン・ネイピア(2019)『ミヤザキワールド 宮崎駿の闇と光』

#読書感想文 スーザン・ネイピア(2019)『ミヤザキワールド 宮崎駿の闇と光』

スーザン・ネイピアの『ミヤザキワールド 宮崎駿の闇と光』を読んだ。

翻訳は仲達志さん、2019年に早川書房から出版された本である。

スーザン・ネイピアさんは、アメリカのタフツ大学の日本文学の研究者で、宮崎アニメのゼミの授業を行っている大学教授だ。

この本は、宮崎作品と宮崎駿自身の人生や家族、東映の会社員時代、スタジオジブリのエピソードが一緒に語られており、はじめて知ることも多かった。

『と

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『わたしは誰でもない エミリ・ディキンスンの小さな詩集』の読書感想文

『わたしは誰でもない エミリ・ディキンスンの小さな詩集』の読書感想文

『わたしは誰でもない(I’m Nobody! Who are you?) エミリ・ディキンスンの小さな詩集』を読んだ。 川名澄さんの翻訳で、風媒社より2021年に出版された本だ。

ちなみに本作は十数年前にごく少ない出版部数で入手困難だったにも関わらず、アメリカ政治研究者の渡辺靖さん、作家の落合恵子さんの著作で引用され、川名さんは感激されたそうだ(p.180)。

その詩を引用する。

エミリ・デ

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中島美鈴(2016)『悩み・不安・怒りを小さくするレッスン~「認知行動療法」入門~』の読書感想文

中島美鈴(2016)『悩み・不安・怒りを小さくするレッスン~「認知行動療法」入門~』の読書感想文

中島美鈴の『悩み・不安・怒りを小さくするレッスン~「認知行動療法」入門~』を読んだ。2016年に光文社新書から出された一冊だ。

認知行動療法とは

日本では、2010年4月から保険診療適用となった。これはつまり、かなり多くの人に対して効果が認められた診療方法ということになる。もちろん、合わなかった人、効果がなかった人もいると思うが、希望を感じる。

わたしは、フロイトのソファに寝転がって、自分の

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篠田桃紅(2015)『一〇三歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い』の読書感想文

篠田桃紅(2015)『一〇三歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い』の読書感想文

篠田桃紅の『一〇三歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い』を読んだ。2015年に幻冬舎新書から出された一冊だ。

篠田桃紅(しのだ とうこう)は美術家で、1913年3月28日に生まれ、2021年3月1日に亡くなった。108歳まで生きた人だ。

ある種の箴言集として読める。忘れたくない箇所を引用しておきたいと思う。

著者を何度かテレビで見かけ、100歳を過ぎて、これだけ明晰に話せるものなのか

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安部公房(1991)『カンガルー・ノート』の読書感想文

安部公房(1991)『カンガルー・ノート』の読書感想文

大学時代、安部公房の『壁』と『砂の女』を読んで、うわさどおり、予想どおり「ああ、天才だな」と生意気にも思った記憶がある。

その勢いで、ほかの作品もどんどん読んでいけばいいのに、その当時の私は「天才であることはわかった。放っておこう!」と安部公房から離れてしまった。なぜ、そう考えたのかは、はっきりとは覚えていないのだが、心残りではあった。安部公房の天才ぶりを確かめずに、死ぬのはよくない。

という

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川上弘美(2006)『ざらざら』の読書感想文

川上弘美(2006)『ざらざら』の読書感想文

川上弘美の『ざらざら』を新潮文庫で読んだ。2006年にマガジンハウスから出版され、2011年に文庫化されている。もとは、「Ku:nel(クウネル)」で連載されていた短編集だという。解説は吉本由美である。

川上弘美の文体はなめらかである。決してその巧みさを強調したりはしない。描かれる世界も特別ではないように思わせるが、特別な世界を描いている。

この『ざらざら』の登場人物たちは、当たり前のように恋

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安部公房(1967)『人間そっくり』の読書感想文

安部公房(1967)『人間そっくり』の読書感想文

安部公房の『人間そっくり』を新潮文庫で読んだ。文庫版の初版は1976年である。福島正実の解説によれば、もとは早川書房から1967年に日本のSFシリーズの一冊として出版されたものだという。

というわけで、この作品は、SFではあるが、決して奇想天外な展開はない。

主人公は『こんにちは火星人』という週6日の帯番組の脚本家(構成作家)の男性である。そこに火星人を名乗る男がやってくる。禅問答のようなやり

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安部公房(1975)『笑う月』の読書感想文

安部公房(1975)『笑う月』の読書感想文

安部公房のエッセイ『笑う月』を読んだ。単行本は1975年発行で、1984年に文庫化された作品である。

夢にまつわる17編のエッセイが収められている。ただ、エッセイといっても、夢の話であるため、ショートショート、短編小説だと思って読んだほうが、すんなり飲み込める。

印象深かったのは、終戦後、中国の瀋陽で、チフスが流行しており、医師免許はなかったが診療した経験があるとか、奉天市で育ったことなどが、

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川上弘美(2003)『ニシノユキヒコの恋と冒険』の感想

川上弘美(2003)『ニシノユキヒコの恋と冒険』の感想

川上弘美の『ニシノユキヒコの恋と冒険』を新潮文庫で読んだ。単行本が2003年に出版され、2006年に文庫化されている。

読了して、まず思ったことは、なぜわたしの人生にニシノユキヒコは現れないのだろう、ということであった。

ニシノくんは、色男である。川上弘美は、現代の光源氏として、『源氏物語』の翻案として、『ニシノユキヒコの恋と冒険』を創造したのだと思われる。

十人の女性の目を通して、読者はニ

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川上弘美(2009)『これでよろしくて?』中公文庫の感想

川上弘美(2009)『これでよろしくて?』中公文庫の感想

川上弘美の『これでよろしくて?』を中公文庫で読んだ。2009年に中央公論社から単行本が出版され、2012年に文庫化されている。解説は長嶋有だ。

この小説は専業主婦の菜月が主人公で、井戸端会議的なサークル活動と夫の家族問題が主軸である。

川上弘美らしい飄々とした文体で、重苦しさはない。専業主婦になったとき、直面しなければならない問題が描かれていく。

それは夕飯の献立といった日々の営みのことであ

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藤本和子(1986)『ブルースだってただの唄』の読書感想文

藤本和子(1986)『ブルースだってただの唄』の読書感想文

藤本和子の『ブルースだってただの唄』をちくま文庫で読んだ。もとは朝日選書として、1986年に出版、2020年ちくま文庫として発行され、解説は翻訳家の斎藤真理子である。

藤本和子が聞き手となり、編集した女たちの物語である。その語りは、悲劇でも喜劇でもなく、淡々としているが、凛々しさも感じられる。

彼女たちの人生の中心には、”黒人の女性”であることが、鎮座している。否応なく、それを意識せざるを得な

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