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常務が買ってくれたビッグバーサ ゴルフ その4 当たり前過ぎて意識しなくなっていること
【米国家族帯同駐在の始まり】
時はバブル末期の1991年。鉄鋼会社研究所から振り出し、次期主力事業に抜擢人事で参画し、あざとかわいく振る舞って米国駐在を掴み取っていました。
その辺りは以下でお楽しみ下さい。
【リンカーンタウンカーを買ったらゴルフしたくなった】
1ヶ月、家族に先行して駐在生活を開始しました。広々感を決め手にリンカーンを買いました。アパートも借りました。
以下が住んでいたアパートです。当時と外観は塗装が青からカーキ色になっただけで、建物は今も変わっていません。
リンカーンのトランクは深く広大でそれこそゴルフ道具とバックのセットで数人分余裕で入ります。そこで日本で買ったPING EYE II アイアンを2セット持ってきたことを思い出していました。
1ヶ月後に遅れて家族も到着しました。そして駐在員生活も慣れてきた頃に東京の本社から事業部長の常務が視察にやってきました。
【面白がって常務が】
提携先の企業との打ち合わせを終えられて、駐在員事務所での内部ミーティングが先ず有りました。日本では駆け出しの幹部社員が常務の居る会議に同席することは無いのですが、海外駐在員の約得で参加させて頂きました。ミーティング終了後常務が私の所に来られて、
「リンカーンタウンカーを買ったのか。いいんだけどなぁ。」
(蛇足 その意味は2つ
①普通にアメリカ車の最高級車だから良い。
②当時出資していた米国の鉄鋼会社の上得意客の車で高級感鋼板を沢山使っているから良い。)
「室内のレッドカーペットだけがどうかな。」
と言いながらも私のやんちゃぶりが微笑ましいという雰囲気。
「総合企画部に行きたいならゴルフ位出来るようにしないとなぁ。道具は持ってるのか?」
と訊かれ、アイアンはピンでパターは父のお古を持って来たと伝えると、
(蛇足 解説 当面接待ゴルフは想定外でした。初心者は先ずドライバー代わりに3番アイアンで充分という中嶋常幸流ロジックを踏襲していました。そのうちダウンタウンにあるコストコで良いドライバーが安く買えるだろう程度に考えていました。私の運命は先を急ぐようでした。(笑))
そもそも研究所からの異動がキッカケ。
その辺りは以下をお楽しみ下さい。
「ドライバーが無いのか。そりゃいかんなぁ。ゴルフコースに出る前にクラブ買ってやるから店で待ち合わせよう。」
そして何と常務と幹部がゴルフコースに出る前の空き時間に駐在事務所長だけを連れて指定のショップに来て下さいました。(アイアンとパター(父のお古)は有るのでドライバーだけがが無いということで)
「だったらこれにしとけ。」
と当時流行っていたキャロウェイのビッグバーサというドライバーを選んで下さいました。シャフトの選択も長さの選択もお店の方にお任せであっという間にドライバーがカバー付きで私の手に。お代は本当に常務持ち。
呆気に取られていると、
「慣れたらたら一緒に(ゴルフコースを)回ろう。」
と言い残して15時過ぎから日没までコースでゴルフすべく行ってしまいました。
運と勘としつこさ
の人生。ここでは運が効きました。
後にこの常務が私の総合企画部への道を開いて下さいます。
その辺りは以下をご覧になって下さい。
蛇足
そのビッグバーサは、私がサラリーマンの成れの果てになった時に当時中学生だった私の子供のものとなるのでした。そして大学のゴルフ部の部長を務める程のゴルフ好きに成長する糧となるのでした。
超蛇足
その後、電機会社から転職されてきた駐在員事務所長と一緒に常務接待のための技量向上の為に、開発の合間にたまに取れる週末の休みにはパブリックコースでのゴルフ三昧という生活が始まるのでした。