【分野別音楽史】#番外編①-1 楽器史 (前編)
『分野別音楽史』のシリーズです。
今回からは切り口を変え、楽器に注目してまとめていきたいと思います。
音楽史まとめ「本編」としては前回の記事までで一区切りのつもりであり、番外編のような感覚で書きたいと思っています。より深く知りたい方は、この記事をきっかけにして、各自さらに調べていかれるのが良いかと思います。
まずは概ねクラシックに関係する部分、19世紀中盤あたりまでです。
◉古代
人類の出現当初から音楽は存在していたと考えられており、狩りに使う弓は弦楽器へ、動物のツノや骨は管楽器へ、通信のために使った石や木片は打楽器へ、と発達していったとされます。
文字資料が無い時代は先史時代といい、文字が発明され、文明と呼ばれるところから有史時代になります。
古代ギリシャの時代になると、リラやキタラといった撥弦楽器(=ギターのように弦をはじく楽器)や、アウロスというダブルリード楽器(=現在のオーボエなどのようなしくみ)、パンパイプという笛や、ヒュドラウリスという水の圧力を使用してパイプを鳴らすオルガンのもとのような楽器が登場していました。これらは、古代ローマにも引き継がれました。
◉中世
中世に入り、ヨーロッパ一帯はキリスト教文化圏になりました。ギリシャやローマなどで栄えた古代の豊かな文化は忘れ去られてしまい、暗黒時代へと突入します。世界史的にはこのころ社会が発展していたのは実は中東地域・アラビア世界であり、ヨーロッパ地域は「辺境」でした。ギリシャ文化を引き継いで保存・発展させていったのもアラビア世界だったといわれています。
◆弦楽器系の発展
7~8世紀ごろ、ササン朝ペルシャで生まれたバルバッドという楽器がシルクロードによって各地に伝わり、アラビアではウード、ヨーロッパではリュート、中華ではピパ、そして日本では琵琶へと発展しました。
日本は奈良時代、752年の奈良の大仏の開眼時、仏教の一大セレモニーとして大陸からも多くの人が来日したそうです。日本史において奈良時代は有数の国際社会だったとされ、多くの唐やインド人・ペルシャ人が日本に出入りしており、そうした中で日本にも古楽器が伝わったのだと考えられます。
11世紀ごろには、中東地域からヨーロッパへダルシマーが伝わります。これは弦楽器の中でも、ハンマーで弦を叩く「打弦楽器」であり、その仕組みや音色の類似性から「ピアノの先祖」と呼ばれることもあります。
同じような打弦楽器の仲間としては、ペルシャ・イランのサントゥール、ハンガリーのツィンバロム、モンゴルのヨーチン、中国の揚琴、朝鮮半島の洋琴、タイのキムなどがあります。
ちなみに、ピアノの直接的な祖先であるチェンバロは、その起源が良く分かっていないのですが、鍵盤によって音を操作するという発想は既にオルガンで実践されており、それに打弦楽器の仕組みが融合していったのではないでしょうか。ヨーロッパ地域では、12~15世紀にプサルテリウムという単純な弦楽器が普及していたようで、これがチェンバロの起源と関連しているともされています。
12世紀ごろには、アジアの騎馬民族から弦を弓でこするタイプの楽器(擦弦楽器)がもたらされ、ヨーロッパ各地の民族楽器としてフィドルが定着します。これがバイオリンのもとになります。
14世紀になると、バイオリンの直接的な祖先としてのヴィオール属が数種発展しました。また、鍵盤楽器のクラヴィコードも発明されました。
15世紀にはスペインにビウレラという楽器が登場し、ギターのもとになります。
◆管楽器や打楽器の発展
さて、13世紀末から勢力を拡大していたイスラム圏のトルコ・オスマン朝では軍楽が発展しており、太鼓や管楽器が多く使用されました。古代から続く西アジアの音楽の伝統と、中央アジアのテュルク民族の太鼓による軍楽を受け継ぎ、ラッパや太鼓による勇壮な行進によって士気向上や威嚇、さらには平時の宮廷での儀礼などにも用いられたのです。
その楽器は、チェヴギャン(鈴のついた杖)、キョスやナッカーレ(ティンパニの元祖)、ダウル(太鼓)、ズィル(シンバル)、ズルナ(チャルメラ)、ボル(ラッパ)などがあります。ズルナはオーボエやファゴットの原型となり、ボルはトランペットの原型となりました。
ヨーロッパ諸国はオスマン帝国と幾度となく交戦していました。その度に軍楽隊の効果に驚愕したと言います。そうしてルネサンス期になると、ヨーロッパでも戦争に太鼓が採用されるようになります。
鼓手は突撃・撤退・警報・防衛など、戦争での様々な合図を担い、鼓笛隊は高い地位を得ていきました。
◉ルネサンス期
先述したように、オルガンなどの鍵盤の仕組みと打弦楽器の伝播により、1500年前後にはチェンバロが誕生し、15世紀から18世紀のヨーロッパにおける重要な鍵盤楽器として普及しました。
また、15世紀はリコーダーが現在の形となり、16世紀はリコーダーの全盛期となります。ファゴットやオーボエの直接的な祖先も登場し、木管楽器による音楽が栄えていきました。
1550年頃にはバイオリンが登場し、管楽器音楽の隆盛を追いかける形で、弦楽も発展へと進んでいきます。
また、民衆のあいだではビウレラから発展したギターが誕生し、リュートに替わって人気となっていきました。
◉バロック期
17世紀に入ると、ストラディバリ、ガルネリ、ガスパロダサロ、マジーニなどのバイオリンの名製造者がイタリアに登場し、弦楽が栄えるようになります。
また、それまで合図用だったトランペットも、ソロ楽器としては音楽に使われるようになりますが、金管楽器は現在のような機能性にはまだ乏しかったようです。
鍵盤楽器は引き続きチェンバロが中心となっていました。
17世紀後半には、フルート(バロックフルート)が生まれ、リコーダーを中心とした古い木管楽器合奏が廃れていきます。オーボエやファゴットも使われるようになり、オペラ伴奏の補強として取り入れられることも。ここから、管弦楽(=オーケストラ)への萌芽がみられます。
◉18世紀
イタリアのチェンバロ製造者だったバルトロメオ・クリストフォリ(1655~1731)は、チェンバロの音が強弱の変化に乏しいことを不満に思い、1709年、爪で弦をはじいて鳴らす代わりにハンマー仕掛けで弦を打って鳴らすという楽器を発明します。
この楽器は「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ(=強弱の出せるチェンバロ)」と命名され、これがピアノの誕生となります。
18世紀後半以降、ピアノはチェンバロに取って代わり急速に普及し、クラシック音楽の基幹となる重要な楽器となったのでした。
また、トルコ軍は16~18世紀の間もウィーンとたびたび衝突していましたが、それによってオスマン軍楽のメフテルからの影響を受け、ヨーロッパに小太鼓、大太鼓、シンバル、トライアングルなどといった多くの打楽器をもたらします。18世紀末になると各種楽器の改良・発明も進み、こうして徐々にヨーロッパ軍楽が大編成化していきました。
ただ、この地点では現在の吹奏楽に比べると「鼓笛隊」の状態であり、金管楽器が未発達でした。細かい音が吹けない金管楽器はファンファーレとして用いられ、一方の木管楽器は音量が小さい、という楽器の限界が存在していたのです。
◉19世紀
ベートーヴェンのあたりからオーケストラにもシンバルやティンパニが取り入れられるようになります。
さらに、ピアノの音域も拡大し、現在の形に近いモダン・ピアノへと進化しました。
19世紀半ばになると、金管楽器の改良が多くなされました。特に、1840~50年ごろ、ベルギーのアドルフ・サックス(1814~1894)とドイツのテオバルト・ベーム(1794~1881)によって楽器の改良が進められ、トランペットの演奏表現のバリエーションが増加したり、チューバ、フリューゲルホルン、ユーフォニアム、サクソフォン属といった新楽器が誕生し、軍楽隊の編成にすぐさま取り入れられました。
このような金管楽器の主な材料が真鍮であったため、金管楽器と打楽器のみで編成されたバンドをブラスバンドと呼ぶようになります。
さて、この時期以降、クラシック音楽はゲルマン民族による「崇高な芸術・美学」という要素を重視するようになり、軍楽・吹奏楽のような「実用音楽」や、大衆による民俗音楽・ポピュラー音楽の分野は学術的に無視され、分離していくことになります。