自分のアイデンティティとマイノリティ問題について考えてみる
以下の色を目に焼き付けてください。
この色が、自分だとします。
自分のこの色を、何色だと名乗りたいですか?
●段階1.
赤か青かの2択で選んで名乗らなければいけないのが社会のルールだとする。それだと、自分は完全に「青」だ。
しかし、そんな自分に対して、周囲からは「青っぽくないなお前」「青なら普通こうするよね」「もっと青っぽくしろ」などと言われたりする。
●段階2.
そんな中で、赤でも青でもなくて悩むマイノリティーの人が、何か社会運動を起こした結果、「紫」という概念の存在が新しく認知されるようになる。
しかし、自分は全く「紫」なんかではないし、その選択肢の中でも「青」と答える。
「お前、青っぽくないから、もしかして紫なんじゃねえの?笑」とイジられたりするが、全くもって「紫」なんかではない。
●段階3.
多様性が叫ばれる社会になってきて、「黄色」「茶色」「黒」「白」「ピンク」などの概念が登場したとする。
そんな中でもまだ、自分は数ある選択肢の中で、「青」だと名乗るのが1番しっくりくる。
しかし、「青らしくない」ことがある。
この微妙さは何なのか。
●段階4.
「水色」という概念を見つけて、ようやくしっくりくる。
そうか、自分は水色なのか・・・
と、思いきや、それでもまだちょっと違う。
「水色の人」の特徴に、合致しない部分がある。
●結論.
結局、一番正確な言い方があるとすれば、
「水色と緑のあいだぐらいの青」などと説明するのが一番適切だろう。
でも、「赤か青か(そうでなければ紫)」みたいな常識の中で
そんなまどろっこしい自己紹介なんてすれば
「面倒くさい奴だな」って思われたり
「じゃあ青でいいじゃん笑」
「水色とどう違うの?」
と言われたりする。
それこそが、差別・偏見ではないか。
「白って200色あんねん」じゃないけど、
人間って、グラデーションなんだろうな。
それを尊重してほしいってことだよね。
別に自分も「青」って名乗ってもいいし、「青」と名乗りたい。そのほうがややこしく無いしわかりやすい。そうなんだけれど。
だからといって、「青らしさ」を押し付けるな。
そして、青らしくないからと言って、紫や黄色だとも決めつけるな。
「水色と緑の中間ぐらいの青」という個性があっても良いよね。
そうやって、ありのままの自分を肯定できるようになればいいな。
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