結婚することになった。 そして改姓することにした。 わざわざこんなことを言っているのは、僕が男性、つまり「一般的に苗字を変えない方」だからである。 それなのになんでそうしたかといえば、僕が(少なくとも彼女=妻に比べて)苗字に全然こだわりがなかったから、としか言いようがない。 先に言っておきたいのは、苗字にこだわりがなかったからといって、家族と仲が悪いとか家柄がどうとか、そういった話は一切ないということ。あくまで二者択一を迫られたのでそうしたにすぎない、ということである。
いわゆる退職エントリである。 ちなみにこれを書き始めたのはまだ転職活動も終わっていない段階。転職活動に向けて思考を整理したかったのと、愚痴を早く書きたかったのとが理由だ。 退職理由詳しくは読めばわかるが、まとめると以下の通り。 インフラ保守運用の仕事は自分にあってないし、自分の人生の目標とも合わない もっとユーザーに近いサービス開発がしたい そもそも大きな会社向いてないと思った 新卒での入社理由 建前(ウソではない) 何でもよいのでサービスがやりたかったから。
思えば今まで、「進路」というものを、あんまり積極的な理由で考えたことはなかったかもしれない。 この文章は正直言って「贅沢な悩み」だから、読んだ人の気分を害してしまったら申し訳ないと先に言っておく。 中学受験をすると決めた理由はどうだったか覚えていないけど、小学校の環境がそんなに良くなかったとかそれくらいだったと思う。 母校を選んだ理由は「行けそうだったし実際受かったから」だった。もちろん文化祭に興味を持ったとかはあったけど、それだけで言えば他にも学校はあったから、決め手で
やりたいことは途中でわかる。 修論も終わり、あとは卒業を待つのみとなった。この2ヶ月はひたすら旅行し続ける生活を送っている。 大学にいた6年間を振り返ると、「途中でなんか違うなって思う」の繰り返しだったように思える。 前期教養は楽しかった。色々な授業をとり、サークルで思い切り遊んだ。 でも進振りでは「これでいいのか」ととても悩んだ。結局このときは行動ができず、「普通」の進路、経済学部に行くことにした。 経済学部では、ゲーム理論に興味を持ち、身を削る勢いで勉強した。大学
時が過ぎるのはあっという間。修士1年目がもう終わろうとしている。 1年間、就活も研究もやってみて、わかったことといえば、 「自分は新しいことを学ぶことが好き」 ということだろうか。 何かを実装したりするのもそれは楽しい。何か新しいものを生み出すのも(できるのであれば)楽しい。しかし、結局のところは「学ぶことが好き」というあたりなのだろう。何かを学んで、その道のスペシャリストと話すことができるようになること、それが一番楽しい。 だから机の上には常に全然関係ない参考書がのっ
2020というわくわく感を見事に破壊された1年間も気づけばもう終わり。「あっという間」というより「中身がないスカスカの1年」といったほうがよさそうな年だった。 研究生活大学院生活にはまあまあ慣れてきた。結局わかったことといえば、「勉強は得意だけど研究は下手だな」という悲しい事実だった。授業の成績はいいが、研究テーマはなかなかいいものが思いつかず、右往左往している。そろそろスタートラインに立たなければならないのだが… いまの研究室は扱っているものが幅広い。幅広すぎて、研究分
もしも戦隊モノの一員になれるとしたら、僕はレッドではないだろう。 …というのは、行動力の話である。 戦隊ヒーローといえば、大体はレッドがリーダーだ。レッドは熱血漢で、考えるよりも先に行動してしまう。周りはその行動に振り回されることもあるが、レッドのリーダーシップは認めており、サポートする。大体そんな感じが多い気がする。 ※最近の戦隊モノの傾向は知らないし、そもそも自分がまともに見ていたのは15年くらい前のたった3作品くらいだった気がするから、違っていたら申し訳ない。 最
夏休みだ。 といっても授業がないだけで、やらなきゃいけないことは多い。 研究のためのインプットを進める作業をひたすら続けている。 ここ数ヶ月、自分の興味のある分野を改めて考えてきた。 分かったことは、自分が好きなのは「人間」くらいのスケールのこと、ということだ。 学部時代、自分はミクロ経済学専攻だった。経済学で言う「ミクロ」とは、大体「個人」くらいを対象にしている。 「個人の行動と選好が〇〇で、それが何人か集まるから、こういう結果になる。」 みたいなのを学ぶ。たまに「企
気がつけば夏。 あたふたしているうちに、修士の1/6が終わってしまった。 先々週ごろ、「そろそろインターンでも考えなきゃな」と思って色々と調べたが、もうだいぶ遅かった。 夏のインターンは7月上旬には締め切られているものが多い。中には5月中に締め切られているものさえあるようだ。 こちらに言わせれば「なんでそんな時期に夏のこと考えられるの?」という感じである。 緊急事態宣言、オンライン授業、新たな大学院生活。課題に追われているうちに締切はとっくに過ぎていた、というではないか。
余裕がない。とにかく精神的な余裕がない。 昨今はいろんな社会問題が渦巻いている。まさに緊急事態という感じである。 そんななかで人々は、SNSで数々の社会問題、政治への議論をよくやっている。今日はそんな話。 前から何度か呟いてはいるが、僕はそういう議論をSNSでやるのが嫌いだ。 別に「反対します」でもなければ「反反対派」とか「興味ありません」とかではない。ここでも具体的な意見を述べることは絶対にない。ただ、TLにある賛成も反対も反反対も、(一部のかなり論理的な説明をしてく
卒業式。今年はこんな情勢なので式典もなく、学位記を受け取って友達としゃべっただけだったが、まあそれはそれで楽しかった。 これで学部の4年間は終わりである。振り返ってみれば、まあこんなもんか、というくらいの時間だった。 駒場での前半は、サークル活動に明け暮れた、というのがふさわしいだろう。週2ずつ2つのサークル活動をして、どちらでも執行代をそれなりに働いた。授業も色々受けたが、今思えばもっと勉強して、進振りとかじっくり考えとけばよかった。後半の勉強量を考えれば、出来ない話では
卒業である。卒論を書いた話を今更。最初に言っておくが、これはほぼ言い訳であり愚痴である。 基本的には僕の力不足であっただけだし、ご協力いただいた先輩・先生への感謝の気持ちは確かに持っている、ということはあらかじめ断っておく。 結論から言うと、卒論は「合格」であった。まあさすがに不合格にはならないから、普通であったというだけだ。 そして個人的に言えば、「手も足も出なかった」という感じ、30点の出来だった。 僕がそう感じた原因は、「うまくテーマを設定できなかった」ことにある。
突然だが自分は、RPGで言うと「そこそこ役に立つ、味方のNPC」なのではないか、と思う。主人公に旅の途中でアドバイスをしてくれる、プレイヤー(人)が操作しない、ゲームの中で勝手に動いている存在のことだ。 主人公が冒険を進めるとき、自分がその邪魔をする可能性は低そうだ。体力はそこまでではないが、知識はおそらくあるから、行き詰まった主人公にそれっぽいアドバイスはできる。それが本当に役立つかはわからないが、攻略のきっかけくらいは与えられるだろう。 敬語を使わないがちなので、礼儀正
新年一発目にこれか、という感じ。卒論とかは後で。 僕は話が長いといわれがちだ。それはその通りだと思う。 何故話が長いかと言えば、「手持ちの情報を素早く取捨選択できない」ということに尽きる。 1つのエピソードを語るとき、考えることは多い。 言いたいことのために必要な情報を意識する必要があるし、話す相手によっては専門用語を分かりやすく言い換えなくてはならない。 普通ならこれを話しながら考え、簡単にまとめるべきなのだが、これはかなり重いタスクだ。 しかも他の人の話を聞いて相槌
今さらだが何故僕はひたすら授業のレビューをしているのだろうか。 ということをちょっと考えたが、「授業をきっかけになにかを考えることがほとんどだ」ということに尽きる気がする。 ふと考えたことをアウトプットする場としてのこの日記だが、外部の刺激がないと新しい考えもなかなか出てこないのだから、それで当たり前な気がする。 松井ゼミで卒論発表をした。いま僕は「クラブコンバット」というジャグリングのゲームの戦略を分析しようとしているのだが、似たような研究もほぼないのでモデルの立て方が難
最近は土日に予定が入りすぎて、月曜が週の後半という感覚である。 障害と経済。 障害者の排除が起きる流れの話。 アメリカのとある町では、遺伝的に聾者が多かったため、手話が広く用いられ、公用語と化していた。そのため、耳が聞こえなくても生活で困ることは少なく、「障害者」とはみなされなかったという。 言語の相違により、または障害によりそのままではコミュニケーションが取れない/取りにくいとき、どの言語を選んで取引をするか、といった問題をモデル化して扱った。 …かなり難しいモデルだ。