最初の朝が来た。青い香りに身を包む君は、期待とともに雑踏の中に消えていく。私はもう、そこへは行けない。
仕事を終えると、徐に煙草を喫んだ。煙は忽ち夜空に向かい、冬の星々に包まれた。この光景を眺めると、不思議と生命の活気を取り戻した感覚になる。死が隣にあるのに、火の扱いを用心している。そんな自分をふと愉快に思うと、吸殻と共に片手に持つ拳銃を放り投げた。
カフェでコーヒーが出来るまでのわずかな時間、何の気もなく流行り歌を口ずさんでいた。「何て曲ですか?」背後から、見覚えのない女性が話しかけてきた。歌手と曲名を答えると、女性は変に満足気な表情で去っていった。ふとその曲を検索すると、ジャケットには見覚えのある女性が映っていた。
深夜に携帯の電話が鳴った。最近関係の冷めていた恋人からだった。「怖い夢を見たから、声が聞きたくなって…」僕は相槌をしながら、じっと彼女の話を聞いた。頼りにされたことで、未来に安心したのだ。彼女の震えた声が寝息が変わるを耳にし、僕はゆっくりと電話を切ると、快活な夢から目が覚めた。
有名な日本人美食家がいた。あらゆる高級料理を食べ尽くした彼は、キャビア・フォアグラ・トリュフに並ぶ珍味を求め始めるようになった。世界中を回っては食を巡り、やがて彼の辿り着いたのは、自宅の近くのスーパーで具材と調味料を揃えた、愛妻の作る肉じゃがであった。
突然友人が、ウルトラマンになりたいと豪語した。強くなりたいというのが動機だった。ある昼休み、廊下にて喧嘩が起こると、早速彼は仲裁に向かった。喧騒の残る中で、彼は戻って来ると、昼食のカップラーメンを啜った。「まずいな」そう言って満足そうな顔をしていた。
クラスで一番人気の女子に恋人が出来たという噂がうまれた。髪の短くなっている姿を、誰かが目撃したのである。落胆する友人の前に、更なる証人が現れた。「昨日、君の好きな髪の長い子が、化粧して、駅で待ち合わせしているのを見たんだ。」 彼は安堵した表情を見せた。
駅に着いた。予定時間よりもずっと早かった。目の前には、高層マンションがぽつりと、どんよりした曇空にそびえ立っていた。ここで暮らす人々は、一体どんな生活を営んでいるのだろう。ごく最近まで、自分もこの場所で寝食ができると自信があった。だのに、今ではその想像すらできない。
扉が閉まる一寸先で、私は電車に乗り込んだ。すると扉近くにいる男とぶつかりかけたので、急に足を止めた。男は私を睨みつけてそこから動かなかった。私はその目線を避けるように、ポツリと空いた向かいの角席に座った。次の駅に着くと、男は溜息を吐いて降りていった。