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【孤読、すなわち孤高の読書】我が孤読編愛録

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孤島に持っていく本を問われた時、 自分の余命が分かった時、 人はどんな本を選び読むのだろう? 本棚はその人の思考の露呈である。 となると、私の本棚は偏屈な愛情に満ちている。 つ…
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2025年2月の記事一覧

【孤読、すなわち孤高の読書】サン=テグジュペリ『星の王子さま』

【孤読、すなわち孤高の読書】サン=テグジュペリ『星の王子さま』

かつて子供だったすべての大人へ捧げる問題提起と覚醒。

[あらすじ]
幼い王子が歩む道は、ひとつの遍歴である。
無垢なる者が、冷笑的な大人の世界に触れ、しかし決してそこに染まることなく、自らの真実を抱きしめながら旅立つ。
飛行士「僕」が砂漠に不時着したとき、小さな星からの訪問者は、しずかに彼の前に立っていた。
王子は語る。
彼は、自分の星でたったひとりのバラを愛しながらも、それが何たるものかを知る

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【孤読、すなわち孤高の読書】バールーフ・デ・スピノザ『エチカ』

【孤読、すなわち孤高の読書】バールーフ・デ・スピノザ『エチカ』

静寂なる精神の闘争、そして神と自然の相克。

[読後の印象]
私には信仰心がない。
それゆえ、墓には行かない。
それゆえ、神社にも行かない。
聖書は読んでも、それは思想として、哲学として、物語として読む。
空海や道元の教えは読んでも、信仰を抱いて読むことはない。
そんな私が気になったのは、17世紀の欧州の片隅にひとりの男の鬼人である。
名をバールーフ・デ・スピノザ。
ポルトガル系ユダヤ人の家系に生

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小林秀雄の『考えるヒント』、あるいは中原中也の関係と亀井勝一郎との差異

小林秀雄の『考えるヒント』、あるいは中原中也の関係と亀井勝一郎との差異

直観と思索が交錯する、文芸批評の新たな羅針盤。

[読後の印象]

私の学生時代の読書術とは、小説、詩、そして評論という三つの文芸形式を同時に読みこなすという、まことに贅沢な営みであった。
むろん、これを成すには膨大な時間が必要である。
しかし、それ以上に厄介なのは、思考の整理と切り替えを瞬時に行わねばならぬ点にあった。
ひとつの言葉の響きに浸る間もなく、異なる論理へと飛翔しなければならない。

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【孤読、すなわち孤高の読書】森鴎外の代表作と作風、そして影響を受けた作家たち。

【孤読、すなわち孤高の読書】森鴎外の代表作と作風、そして影響を受けた作家たち。

まさに孤高と呼ぶにふさわしい精神の遍歴と各作品。

[森鴎外の生涯]

日本近代文学の礎を築いた小説家といえば、森鴎外に触れないわけにはいかないだろう。
その名は明治という奔流のただなかにありながら、一個の精神として屹立した存在であった。
本名を森林太郎といい、文政の残響がかすかに揺曳する石見国津和野に生を享けた彼は、幼少より漢学の素養を深め、十四歳にして東京大学予備門に入学。
ここからの彼の人生

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【孤読、すなわち孤高の読書】吉本隆明『共同幻想論』

【孤読、すなわち孤高の読書】吉本隆明『共同幻想論』

虚構が現実を支配するとき、国家は生まれる。

吉本隆明ーーその名は、戦後思想の荒野に聳え立つ孤塔である。
彼は左翼にも右翼にも与せず、独自の論理で国家、宗教、家族を解剖し、それらを「共同幻想」と喝破した。
『共同幻想論』において、国家は人々の無意識が編み上げた虚構にすぎず、それを信じることで初めて現実となるのだと説く。
彼の思想は、戦後日本の知識人たちと激しく交錯し、三島由紀夫、大江健三郎らと論争

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【孤読、すなわち孤高の読書】二・二六事件と三島由紀夫

【孤読、すなわち孤高の読書】二・二六事件と三島由紀夫

[そもそも二・二六事件とは何だったのか]

まもなく89回目の2月26日がやってくる。
1936年(昭和11年)2月の雪の朝。
帝都東京は凍りつくような静寂に包まれていた。
しかし、それは嵐の前の静けさであった。
やがて銃声が轟き、血が流れ、国家の未来をかけた決起が始まる。
二・二六事件——それは、日本の歴史における最後の行き過ぎた反乱であり、「昭和維新」を掲げた青年将校たちの悲劇的な叛乱であった

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【孤読、すなわち孤高の読書】アルトゥール・ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』

【孤読、すなわち孤高の読書】アルトゥール・ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』

厭世と悟りの狭間に立つ者への道標。

[読後の印象]

三十五年ほど前、私は初めてショーペンハウアーを読んだ。
その陰鬱なペシミズムは、私をこの上なく退屈させた。
若さとは得てして楽天の産物である。
未来を明るく信じる世代にとって、ショーペンハウアーはただの偏屈な哲学翁にすぎなかった。
しかし、歳を重ね、社会の現実という泥を踏みしめ、不条理という風雪に曝されるうち、彼のアフォリズムは、時に温もりを

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