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【孤読、すなわち孤高の読書】バールーフ・デ・スピノザ『エチカ』

静寂なる精神の闘争、そして神と自然の相克。

[読後の印象]
私には信仰心がない。
それゆえ、墓には行かない。
それゆえ、神社にも行かない。
聖書は読んでも、それは思想として、哲学として、物語として読む。
空海や道元の教えは読んでも、信仰を抱いて読むことはない。
そんな私が気になったのは、17世紀の欧州の片隅にひとりの男の鬼人である。
名をバールーフ・デ・スピノザ。
ポルトガル系ユダヤ人の家系に生まれ、アムステルダムの商業の喧噪のなか、沈黙と孤独に身を置きながら思索に耽った。
彼の思想は、熱情を排し、冷徹なる幾何学の形式をもって構築される。
『エチカ』ーーそれは哲学におけるひとつの神殿であり、同時に宿命的な運命の書であった。
今でこそ俯瞰的読書によって、当時の時代背景を鑑みながら、スピノザの汎神論的世界観はそれなりに理解は得られるかもしれない。
しかし、実際にスピノザの生きた時代や場所において「神即自然」という概念を提示した事自体、やはり当時においては奇怪であり、異端であり、虚無の私には異様な思想そのものだ。

■神即自然の厳粛なる真理

「神、すなわち自然」。
この一文が示すのは、スピノザが世界を如何に捉えていたかということに尽きる。
神は人格を持たぬ、遠く超越する存在ではなく、世界そのものとしてそこに在る。
宇宙の摂理は厳格であり、あらゆる事象は必然によって定められる。
雷鳴が空を裂き、潮流が果てなく流れるように、人間の思惟もまた、自然の秩序に織り込まれたひとつの運動にすぎない。
スピノザの哲学は、決して一個人の感傷に沈殿するものではなく、理性の厳正なる光をもって世界を照らし出す。
その光の中で、人はもはや神の奴隷ではない。
むしろ、人間の認識こそが神の思惟そのものである。
神が生み出すものはすべて必然であり、そこに偶然という概念はない。

■実体、属性、様態の冷厳なる階梯

宇宙において唯一の実体は「神=自然」にほかならない。
これをスピノザは「実体」と名付けた。
実体は無限であり、それ自体で存在し、他に依存することはない。
実体の顕現として「属性」があり、人間には「思惟」と「延長」という二つしか認識できぬが、神は無限の属性を持つ。
そして、属性の具体的な現れが「様態」である。
人間も、星も、風のささやきも、すべてはこの様態のひとつであり、永遠なる実体の表象に過ぎぬ。

■自由とは何か

自由とは何か?
スピノザの答えは冷酷である。
すべての行為は必然の連鎖の中にあるが、そこに「自由意志」などという幻想は存在しない。
だが、人は理性によってこの必然性を理解し、それを受容することで、真の自由に至るのだ。
すなわち、己の本性の必然によって生きることーーそれこそがスピノザの説く「自由」なのである。
情念の奔流に飲み込まれた人間は、盲目である。
怒り、恐れ、嫉妬、悲哀……それらは人間を受動的な存在へと貶める。
だが、理性の光を掲げ、この世界の必然を見据えた者は、もはや何ものをも恐れない。

■知的愛という究極の境地

スピノザは言う。
「最高の幸福は、知的愛にある」と。
これは単なる感傷的な宗教的愛ではなく、神=自然の必然性を完全に理解し、自己と宇宙の調和を果たすことである。
知的愛に至った者は、死すらも超越し、永遠の相の下に自己を見出すのだ。

■破門という宿命と孤独なる死

スピノザの思想は、当時の人々にはあまりに異端であった。
1656年、彼はユダヤ教団から破門される。
その罪状は、「奇怪にして異端なる教義を唱え、信仰を貶めたる者」とされた。
以後、彼は孤独なる隠遁生活を送り、レンズを磨きながら哲学を磨いた。
彼の思想は決して万人に受け入れられるものではなかったが、ただひとつの真理を追い求める彼の姿勢は揺るがなかった。
1677年2月21日、彼はハーグの小さな部屋で静かに息を引き取る。
肺病のためであった。
彼の遺体は簡素な葬儀をもって埋葬され、遺稿は友人たちによって出版された。
『エチカ』は発禁処分を受け、その思想は当時の支配的なキリスト教社会にとってはあまりにも危険なものであった。

■思想の運命

だが、思想は死なぬ。
スピノザの哲学は時を超え、ニーチェ、ヘーゲル、ドゥルーズへと引き継がれ、現代においてもなお生き続けている。
彼の言葉は、理性の輝きを求める者にとって、今なおひとつの指標であり続ける。
彼の目指した境地――それは神と自然の一致という、冷厳なる必然の真理であった。
斯くして、スピノザは人間の情念を超え、神の視座に立った最初の哲学者となったのである。

[スピノザの汎神論と日本の神道思想の響き合い]

神は遍在する。
これを陳腐な観念と片づけてしまえば、それ以上の思索は生まれない。
しかし、スピノザが『エチカ』において唱えた「神即自然」という言葉は、単なる詩的表現にとどまらない。
彼の思索は、万物の根源を解き明かす数学的秩序のうちに、冷徹な情熱をもって刻まれた。
自然そのものが神であるとする彼の哲学は、はるか東方、神道の世界観とも共鳴する。

■神即自然と神道の霊性

スピノザの言う「神」とは、祈りによって慈悲を乞う存在ではない。
天上に坐す独裁者でもなければ、人間の欲望に応じて顔を変える偶像でもない。
それは法則であり、実体であり、無限の変容を見せる存在である。
神道における「八百万の神(やおよろずのかみ)」の概念も、まさにそのような神秘の分裂した光景ではないか。
山、川、風、そして雷鳴に至るまで、自然のあらゆるものに神は宿る。
それは擬人化された神々の群像ではなく、むしろ自然の流動する力の働きに他ならない。
神道において、神とは決して一柱に限定されるものではない。
それは時と場所に応じて変化し、姿を現す。
スピノザが唯一の実体が無限の様態として顕れると説いたのも、これと軌を一にする。
すなわち、世界のあらゆる現象が神の現れであるという認識において、スピノザと神道は同じ光を見つめているのである。

■神の非人格性――統御者なき世界

スピノザの神には意志がない。
それはすなわち、願いを叶える神ではなく、人間の善悪を裁く神でもない。
神はただ、無限の必然の中に存在する。
それゆえに、人間がどれほど嘆願しようとも、神は微動だにしない。
この冷厳な世界観は、一見すると神道の神々とは異なるものに見える。
しかし、神道においても、神々は人間の願望を直接的に叶えるものではない。
彼らは「働き」として顕現し、時には厳しく、時には無慈悲に世界を動かす。
たとえば、天照大神(あまてらすおおみかみ)は日本神話の中心に座す存在だが、彼女が世界を創造したわけではない。
彼女の光はあくまで天の規律として機能し、世界の成り立ちに参与するのみである。
この点、スピノザの「神=法則」という概念と神道の世界観は、驚くほどの近さを持っている。

■倫理の座する場所

しかし、両者には決定的な違いもある。
スピノザは『エチカ』の中で、情念を制御し、理性によって神の必然を理解することを人間の至高の目標とした。
神道にはこのような倫理体系はない。
神道において重要なのは「清浄」であり、「調和」である。
ここでは善悪の概念すら、明確に線引きされていない。
だが、スピノザの哲学における「受動的情念」と神道の「穢れ」の概念には奇妙な符合がある。
スピノザは、理性を失った情念の支配を危険視した。
神道においても、人間の穢れは神々の世界と隔絶するものであり、祓うべきものである。
このように、両者ともに「清らかなるもの」を求める点において、哲学と信仰は交差する。

■死と永遠のまなざし

スピノザの死生観は、ある種の冷徹な諦念に貫かれている。
人間の精神は「永遠の相のもとに」存続するとされるが、それは個としての霊魂の不滅ではなく、宇宙的秩序の中での存続である。
個が消滅しても、その本質は永遠に続く。
神道においては、死者は祖霊となり、やがて神となる。
だが、その神は個として存在し続けるものではなく、時間と共に自然へと溶け込んでいく。
すなわち、神道の死生観もまた、スピノザの哲学と同様に「個の死を超えた永遠性」の感覚を含んでいるのだ。

■遥かなる対話

スピノザの汎神論と神道の思想は、西と東の異なる文化の中で生まれながらも、「神は遠くにあるのではなく、ここに在る」という点で深く共鳴している。
スピノザは厳密な理性のもとにこの結論に到達し、神道は自然と調和する感性の中でそれを体現した。
その方法こそ異なれ、彼らはともに、「この世のすべてが神である」という厳然たる真理の前に、静かにひれ伏したのである。
もしスピノザが日本に生まれていたならば、彼は哲学者として『エチカ』を記すのではなく、伊勢の神宮の神職として神々の在り処を見つめていたかもしれない。
あるいは、武士として理を究め、死の間際に静かに微笑んだことだろう。
その姿は、理性と神秘のあわいに立つ、ひとつの哲学の化身として、いまもなお、我々の想像のうちに生き続けているのかもしれない。

[スピノザはデカルトから何を継承したのか?]

スピノザとデカルトの関係は、思想的な影響と批判の両面を持つ複雑なものだった。
スピノザはデカルトの哲学を深く学び、彼の合理主義的な方法論を受け継ぎながらも、根本的な点で異なる哲学を展開した。
■合理主義の方法論
デカルトは、数学的な明晰さを哲学にも適用し、演繹的な思考を重視した(「方法的懐疑」)。
スピノザも同様に、幾何学的な論証によって哲学を展開した。
彼の『エチカ』は、まさにデカルト的な方法論の影響を色濃く受けた証左である。
■物理学への関心
デカルトは物理学において機械論的な世界観を提唱し、物質と運動の法則を重視した。
スピノザもまた、自然を合理的な法則によって説明しようとしたが、最終的にはデカルトとは異なる結論に至る。

[スピノザはデカルトをどのように批判したのか?]

■心身二元論の否定
デカルトは「精神」と「物体」を別々の実体と考え(心身二元論)、心と身体がどのように相互作用するかを議論した。
しかし、スピノザは「唯一の実体(神または自然)」だけが存在すると主張し、精神と物体はその属性にすぎないと考えた(汎神論的な一元論)
■自由意志の否定
デカルトは、精神は自由意志を持つと考えたが、スピノザは人間の意志も自然法則に従う必然的なものであり、自由は「自分の本性を理解し、それに従うこと」と定義した。
■神の概念の違い
デカルトにとって、神は超越的な存在であり、宇宙を創造した。
しかし、スピノザは神を「自然そのもの」と同一視し、神はすべての存在の内在的な原理であると主張した(汎神論)。

[スピノザはデカルトを超克したのか?]

スピノザは、デカルトの合理主義を発展させつつ、より一貫した体系を求めた結果、デカルトとは異なる形而上学へと到達した。
彼の哲学は、心と物質を分ける二元論的な世界観を拒絶し、すべてを一つの「実体」の表れとして捉えるという、より徹底した合理主義だった。
デカルトはスピノザにとって出発点でありながら、最終的には克服すべき対象でもあったといえる。

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