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家族のおはなし

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大切な子どもたちのこと、夫のこと、親のこと。
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#父

父への詫び状「洗濯機で洗ってしまってごめんなさい」

父への詫び状「洗濯機で洗ってしまってごめんなさい」

こんなにも、自分の行いを恥じたことはない。
まさに、忸怩たる思い。
約1年半前のあの日、どうか夢でありますように、とどれほど願ったことだろうか。

シンクに置き去りだった朝食の食器を洗いながら、慌ただしかったこの数日や、さっきまでの黒い儀式を、私はぼんやりと目の奥の方で思い返していた。
最後に見た父の姿がどうしても頭から離れず、蛇口を強くひねる。
冷たい3月の水が手に刺さるが、これが生きているって

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父の愛した「天女の羽衣」

父の愛した「天女の羽衣」

昨年の春、約4年間の自宅での闘病生活の末に、父は帰らぬ人となった。

これは父の最期の日、昏睡状態の父と私が2人きりになった時に、父の手を握りながら、溢れる気持ちを書き留めたもの。

この日の前夜も、父が苦しそうだと母から連絡があり、私は実家へ急いだ。
その時は、父はなんとか起き上がり、ひとり、ベッドで夕飯を食べられていた。

ほとんど食べ残していた牛肉のみぞれ煮を

「母さんに悪いから、お前、食

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父のまなざしと、洋食屋さんのプリンアラモード

父のまなざしと、洋食屋さんのプリンアラモード

「お父さんに愛されていると感じた思い出はありますか?」

と、先日、ある方に訊かれて少し戸惑った。

父に愛されていた、と思っている。
父は家族を何よりも大切にする人だったから。

でも、愛されていると感じた具体的なエピソードが、すぐには浮かばなかった。

昨年の3月に父は亡くなり、会えなくなってもうすぐ一年になる。
父を思い出す機会は少しずつ減ったが、それでも時々、父に話したいことがあると、空を

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遊びにきた父と、早く帰りたい母

遊びにきた父と、早く帰りたい母

あったかくて、庭の緑が濃い。
3月末なのに、5月のような陽気の昼下がりだ。

玄関先の植木鉢に視線を向けると、干からびて丸まったホースがチラッと見えた。
あれ?って思ってよく見たら、濃いグレーに少し緑が混じったみたいな色の蛇だった。

2階にいる息子に「へび〜、来て〜。」と大声で叫んだ。
息子は嬉しそうに降りてきて、蛇の近くまで行き、じっと観察している。

「アオダイショウだな。悪いことする子じゃ

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母を誘って、近所の喫茶店へ

母を誘って、近所の喫茶店へ

静かに偲ぶ時間が持てないほど、父の葬儀からその後もさまざまな手続きや雑用に追われていた。

母も目まぐるしく多忙な日々のなかで、決めることや終えることに気持ちを奪われているように思えた。
心に穴が空いたような気持ちのまま、それでも皆が日常に戻っていく。

「母さん、お茶しに行こうか。」

二女も10日ぶりに施設へ行けた。
私にも1時間ちょっと、自由に動ける時間ができたので、母と書類を見る時間ではな

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私の好きな場所

私の好きな場所

「手を握ってくれ」と父が言う。
「1番落ち着くんや」と目を細めてそう言う。
父が私の手を強く握り返し
「琲音、ありがとな」と、くしゃっと笑った。
これはまだ、ほんの2日前のこと。

ここ数日は、苦しがる父の姿にうろたえる母から、夜間に突然の呼び出しが増えた。
だから時間の許す限り、父と一緒に過ごすようにしていた。
静かに流れていく狭い空間で、荒い呼吸音が父の息苦しさを思わせる。

意識が遠くなる時

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じいちゃん、俺、いつでも駆けつけるから

じいちゃん、俺、いつでも駆けつけるから

「酸素の機械がおかしくて、アラームが鳴るんやけど、どうしたらいいかわからんのやわ。」

夜の7時過ぎに、母から電話があった。

父が使っている酸素濃縮器の調子が悪いらしい。

その日の夕方に父の呼吸状態が悪くなり、訪問の医師を呼んで診ていただいたばかりだった。

使っていた5リットルの容量の機械では酸素量がもう足りない、という医師の判断で、7リットルまで流せる大きなものに交換してもらったらしい。

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父からもらった言葉

父からもらった言葉

ベッドで横になっている父の掛け布団の足元のほうが、少し左にズレている。

なおしてあげようかな。

「自分で布団をなおすことさえも、お父さんはできなくなってしまったんやわ。」と母が言っていたから。

でも、ほんとに父は自分の布団を整えることもできないんだろうか。 

母に甘えているのかもしれないし。
母に甘えているだけならいいんだけど。

そこまで動けない身体になってしまったのだろうか。

大晦日

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やっぱり母には かなわない

やっぱり母には かなわない

肺を患っている私の父は、春から入退院を繰り返し、この数ヶ月でかなり病状が進んだ。
もう、自分で歩くことは難しい。

実家の客間が、父の介護部屋になった。
父は介護ベッドの上で1日のほとんどを過ごす。
食事もベッドの上で食べ、風呂は週に2回の訪問入浴になり、トイレはポータブルトイレをベッドの横に置くことになった。

鼻からの酸素の投与量は、少しずつ増えている。

入院のたびに目まぐるしく介護度が上が

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夫の手が温かかった

夫の手が温かかった

我が家は、家の裏側が広い道路に面している。
その道路は、交通量が少ないわりに道幅が広いので、路上駐車が多い。

キッチンのドアを開けると、その広い道路がすぐ目の前に見える。路上駐車中の運転手と、遠慮なくお互いが丸見え状態になるくらいに。

広い道を挟んで向こう側の、少し奥まったスペースには、地域のごみ集積場がある。

このごみ集積場には、同じ団地内の約50軒分の「資源ごみ」と「破砕ゴミ」「ペットボ

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