じいちゃん、俺、いつでも駆けつけるから
「酸素の機械がおかしくて、アラームが鳴るんやけど、どうしたらいいかわからんのやわ。」
夜の7時過ぎに、母から電話があった。
父が使っている酸素濃縮器の調子が悪いらしい。
その日の夕方に父の呼吸状態が悪くなり、訪問の医師を呼んで診ていただいたばかりだった。
使っていた5リットルの容量の機械では酸素量がもう足りない、という医師の判断で、7リットルまで流せる大きなものに交換してもらったらしい。
酸素を6リットル流して、父はようやく落ち着いたそうだ。
お正月の頃、2.5リットルでも多すぎると父は言っていたのに、と思い、私の気持ちが少し重くなる。
交換したばかりの機械が、どういうわけか数分おきにアラームが鳴り、父も母も困っていたのだった。
「俺、見てくるわ。」
学校から帰ったばかりの息子が、話を聞いて、雨の中を飛び出して行った。カッパも着ずに…。
実家までは自転車なら10分で行ける。
機械に強い息子に任せて、私は二女と自宅で連絡を待つことにした。
息子がいろいろ試みたが、結局は機械の中の不具合なので、また業者さんに機械を取り替えに来ていただくことになった、と母から連絡をもらった。
「まだ、夕飯食べてないんでしょ。もう大丈夫だから、帰ってご飯食べな。」
という父や母に
「いや、業者が来るまでは、俺がここにおるから。」
と、息子は父のそばから離れなかった。
夜の9時前には夫も帰宅したので、私は二女を夫に任せて、車で実家に向かった。
「母さん来たから、あんた、先に帰ってご飯食べなさい。明日も学校だし。」
という私の言葉にも
「いや、最後まで見ておきたいから、いい。」
と、息子は動かなかった。
業者さんが10時頃に実家に到着されて、ようやく機械を交換してもらい、みんながホッとした。やはり機械の中のトラブルらしくて、充分な酸素量が作れず、アラームが15分おきに鳴ってしまっていたようだ。
遅い時間でも、素早く快く対応してくださる業者の方を、ありがたいなぁと思った。
ここにも命を守るお仕事がある。
息子もいよいよ就活が始まった。
働く責任のようなものを息子も感じていたのだろう、彼はじっと業者さんの動きを見つめていたから。
業者さんが帰られた後も、ホースをなおしたり、機械の取扱説明書を見たりして、アラームが鳴らないのを確認して、息子はようやく帰ると言い出した。
「じいちゃん、嬉しかったわ。息子くんがずっとおってくれて、心強かった。ありがとな。」
という父に、
「なんかあったら呼んでな。俺、いつでも駆けつけるからさ。それくらいのことはできるからさ。」
と、息子も笑った。
弱っていく祖父を気にしながらも、何も自分が手を出せないような感覚を、ずっと彼は持っていたのかもしれない。
自分の得意分野で、自分を頼りにしてもらって、息子も嬉しかったんだろう。
帰り際、玄関で母から
「ありがとね。また来てね。いつでも来てね。」
と言われて、
「うん、また来る。」と息子は、はにかむ。
「ばあちゃん、息子くんに、明日も明後日も、毎日来てほしいわ。」
という母に、
「ははは、それは無理。」と返事して、息子は雨の中を自転車で帰って行った。
私は息子の背中を母と一緒に見送ってから、「私も行くわ、またね。」と慌てて実家を出た。
急いで息子の後を追いかける。
帰ったら、冷たくなってしまった彼の夕ごはんを温めてあげよう。
冬の夜にしてはあたたかい雨が、私の気持ちと似ている気がした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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