遊びにきた父と、早く帰りたい母
あったかくて、庭の緑が濃い。
3月末なのに、5月のような陽気の昼下がりだ。
玄関先の植木鉢に視線を向けると、干からびて丸まったホースがチラッと見えた。
あれ?って思ってよく見たら、濃いグレーに少し緑が混じったみたいな色の蛇だった。
2階にいる息子に「へび〜、来て〜。」と大声で叫んだ。
息子は嬉しそうに降りてきて、蛇の近くまで行き、じっと観察している。
「アオダイショウだな。悪いことする子じゃないよ。」
知ってるよ!その子か、または、その子の親かもしれない蛇と、私は何度も庭で会っているから。
アオダイショウは家の守り神だ、と聞いたことがある。
今日来てくれるなんて!
彼にご縁を感じて、すっごく名前をつけたくなった。
「この子の名前、コージ(仮名)にしよっ!」と言う私に、息子が「せめて、コージーにしなよ。」と言う。
父の名はコウジ(仮名)。そこから蛇の名前を決めた。
父は巳年生まれだから、父が来てくれたような気がしたのだ。
※蛇が苦手な方、ごめんなさい。
私は蛇がすごく苦手だ。
でもなぜか、コージーはちっとも怖くなかった。
コージーは私や息子の存在を気にすることなく、目の前を悠然と動きながら、スルスルと庭木の中に入っていき、ゆっくりとどこかに行ってしまった。
コージーの観察&スマホ撮影会を終え、ふっと寂しくなった。
その夜は、母を我が家の夕飯に招待していた。
毎晩ひとりでは寂しいだろうと思ったし、ちょうど長女も来る日で息子のバイトも休みだったので、みんなで一緒に食べられていいな、と思ったのだ。
夕食が始まり、私が蛇のコージーの話をすると、「蛇嫌いな私が巳年生まれのお父さんと長年連れ添うなんて、私は頑張ったわ!」とか言いながら、母は嬉しそうにペラペラとおしゃべりを始めた。
この世で1番嫌いなものが蛇だと。
そして幼い頃に川遊びをしていて、近くにものすごく大きな蛇がいて怖かったこと。
それで友達と走って逃げた話を、食べることもそっちのけで、まるで昨日の出来事のように話している。
「おっきな蛇がどくろを巻いて、すぐ近くにおってなぁ、怖くて怖くて、あれは絶対忘れられんわぁ。」
に、全員が吹き出しそうになる。
母さん、とぐろを巻くだよ。どくろ巻いてどうするん?と、心の中で思った。
誰もが同じことを思っているんだろう、チラッと目を合わせて、みんながクスクス…。
「へぇ、塒を巻いてたんですか!」
と、わざと「とぐろ」を強調して言う夫に、
「そうなんやわ、髑髏を巻いてねぇ。」
と母。
言い間違いではなく、完全にインプット間違い、または、濁点の位置間違いだった。
食後のデザートに食べようと、夫がホールケーキを買ってきてくれていた。切り分けたケーキを1番に母のお皿に乗せる。主役は私なんだけど、産んでくれてありがとってことで。
母は「あんた、ほんとに難産やったわ!」と、50年以上前の出産話をさっき産んできたばかりのように臨場感たっぷりに話しながら、誰よりもご機嫌でケーキを食べていた。
ところが食べ終わるとすぐに「うちに連れて帰ってくれない?」と母は言う。そそくさとかばんを手に持って、落ち着かない様子だ。
考えてみれば、両親と会食する時はいつも実家だった。我が家での会食は、子どもたちのお食い初めとか初節句、入学祝いなどに両家の親を呼んでお祝いした時くらいだ。
ましてや、母だけがうちにご飯を食べに来たことは、これまで一度もなかった。
実家は昔から、父の友人たちがよく夕飯を食べに来ていた。誰かを招待してばかりで、よその家に招待されることに不慣れな母だ。だから、食べることが終われば何をしていいのかわからずに、居心地悪く感じてしまうのかな、と思った。
すると母が、
「まだ四十九日が終わっていないから、お父さんが家にいるのに。早く帰らなきゃ。」
と呟いた。
父をひとりにしないように、と思っているようだ。
あんなにはしゃいでいても、父のことがずっと頭から離れないんだな。
コージーも来てたんだから、母もゆっくりここにいたらいいのに、と思ったが、いそいそしている母がなんだかかわいそうになり、すぐに長女に実家へ送ってもらうことにした。
私は食器を洗いながら、コージーのことを考えていた。最初に庭で見つけた時、あの子は細長くとぐろを巻いていた。
コージーがどくろ巻いてる姿をイメージする。どくろに巻きついている、って感じかな?
「あかん、ブラックジョークが過ぎるわ、母さん…。」
独り言と一緒に、ふっと笑いが込み上げた。
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