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掌編小説、詩など

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2023年11月の記事一覧

ハードボイルド書店員日記【162】

ハードボイルド書店員日記【162】

「ポイント、セルフでは付けられないの?」

昼まで三人体制の祝日。さらに遅番で来るはずのバイトが「頭が痛い」との理由で突休(とつやす)になった。一日中レジカウンターを抜けられなくなった店長はいつもよりも声が大きい。「お待ちのお客様どうぞ!!!どうぞ!!!」若いカップルが露骨に眉をひそめ、列から離れた。

スカジャンを着た体格のいい中年男性が、私の入っている中央のレジへ来た。金髪に棘を含む眼差し。セ

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ハードボイルド書店員日記【161】

ハードボイルド書店員日記【161】

「わからない? どうにかならないの?」

いつの間にか冬へすり替わった平日。児童書のラッピングが増えてきた。ツリーを飾ったフェア台で、クリスマスソングを集めたCDがエンドレスで再生中。尤も仕入れ室では、すでにかるたや百人一首、ふくわらいの詰まったダンボールが山積みされているのだが。

棚の荷物を出し終えた。レジに入るまでまだ少し時間がある。

雨予報が出ているせいか、午後になって明らかに客足が鈍っ

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ハードボイルド書店員日記【160】

ハードボイルド書店員日記【160】

「まだここで続けます?」

繁忙期に入りつつある土曜。売り上げの推移は例年通り。しかし働く人員は年々減っている。まさに「歳歳年々人同じからず」だ。時給が41円上がり、扶養控除内で働くパートが出勤を控える日も増えた。実質賃金は18か月連続でマイナス。末端の声よ、メトロを乗り継いで永田町まで届け。

列が途切れた。砂漠のオアシス。実用書担当の女性がレジでぼやく。有給休暇を取りたかったが「交代人員を探し

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ハードボイルド書店員日記【159】

ハードボイルド書店員日記【159】

「配送してほしいです」

耳を疑った祝日の午前11時。レジカウンターの上に置かれたのは文庫本一冊のみ。マックス・ウェーバー「職業としての学問」だ。

「こちらのお買い上げ金額だと送料をいただくことに」「大丈夫です」眼鏡をかけた若い女性だ。ベージュの細いフレームに大きくて円いレンズ。髪と服装も暖色系で統一されている。相手方のおおよその住所を訊ねた。送料が本よりも高くつく。その旨を伝えたが構わないとの

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