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掌編小説、詩など

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2021年7月の記事一覧

ハードボイルド書店員日記㊼

ハードボイルド書店員日記㊼

「メチャメチャ役に立つ本を見つけたんだけど」「どんな本?」「すげえ効率いいんだよ」

昼休みの休憩室。同僚の男性社員ふたりがアクリル板を挟んだ向かいの席でそんな会話をしていた。私はスマートフォンで「vs. ~知覚と快楽の螺旋~」を聴きながら文庫本を読んでいる。ドラマ「ガリレオ」のOP曲だ。なぜか捗る。実に面白い。

「効率?」「古今東西の名著の粗筋と重要なポイントだけをまとめた本なんだ。国内も海外

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ハードボイルド書店員日記㊻

ハードボイルド書店員日記㊻

「芥川賞の本、ある?」

レジに来たのは年配の男性客だ。黄色いポロシャツと襟足の長い白髪が焼けた肌にマッチしている。発表の翌日は必ずこういうお問い合わせが来る。とはいえ、芥川賞は直木賞とは異なり、受賞後に本になることが通例である。今回みたいに事前に単行本化しているのは珍しいケースだ。

「申し訳ございません。ただいま在庫を切らしております」「えー、せっかく来たのに」「申し訳ございません」「売れるの

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ハードボイルド書店員日記㊺

ハードボイルド書店員日記㊺

「俺、あの人好きなんだよ」

事務所。早番のバイトが総務の女性に話しかけている。彼はもう退勤する時間だ。すでに打刻をしたはずだが、解放感ゆえか帰ろうとしない。総務は仕事中だから迷惑だろう。店長が休みだと嗜める人がいない。

いわゆる「本に詳しいと自負する男が詳しくない女の気を惹こうとしている」構図だ。こういう場合の多くがそうであるように、男が一方的に捲し立てるのを女は黙って聞いていた。嵐が過ぎ去る

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ハードボイルド書店員日記㊹

ハードボイルド書店員日記㊹

「手伝いますよ」

昼の二時過ぎ。明日発売の雑誌の梱包を開けていると、実用書担当の女性が仕入れ室に入って来た。「ありがとう。助かるよ」「どれから開けましょうか?」「その辺の付録がないやつを」「わかりました」

梱包からバラした雑誌を五冊ごとに向きを変え、台車へ積んでいく。地味な作業だ。自ずと雑談が始まる。「今度、東京五輪に関連するスポーツノンフィクションのフェアをやろうと思って」「いいね」「オスス

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