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おれらの更衣室

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#本

私小説家の死に接して

私小説家の死に接して

その時、僕は自宅のパソコンに向かって作業をしていた。

すこし休憩がてら、ちらとツイッターを見やるとTLがなにやら騒がしい。「ええ……」「ショック」「マジか」等々。誰も内容に言及こそしていないが、ただならぬ事態を予感させずにはおかなかった。(言うまでもないが、私のフォローしているのは古本関係者ばかりである)

そこから状況を理解するのに時間はかからなかった。

芥川賞作家の西村賢太氏が亡くなったの

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読書日記断片⑩ 教科書の名作

読書日記断片⑩ 教科書の名作

懇意にしている古本屋の均一を漁っていると、店主から「これ持ってる?」と1冊の本を見せられた。いや厳密にはこの日「持ってる?」と聞かれた本は10冊以上あったし、なにしろ全部100円で売ってくださるものだから片っ端から全部買うに決まっているのだが、今回はその1冊を起点にしてちょっと書いてみたい。

①浅見淵編『文芸副読本』(大観堂)

総ページ数137という薄手の冊子で、発行は昭和34(1959)年。

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読書日記断片⑨ 過去から見た未来

読書日記断片⑨ 過去から見た未来

たとえば『スター・ウォーズ』あたりは全く1本も観たことがないので、公言するのはちょっと憚られるのだが、僕はわりにSFが好きな方だ。

そもそもSFというのは、創作の中でも最も大衆を楽しませることに特化したジャンルのひとつではないか。SFのS、つまりScienceの部分の大小こそあれ、たいていは「こうだったらいいな」とか「こんなことが起きたらどうなるだろう」とかいった、誰かの夢を堪能することのできる

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読書日記断片⑧ 髪の色、肌の色

読書日記断片⑧ 髪の色、肌の色

ちょっと前の話になってしまったが、ディズニー映画『クルエラ』を観た。実に出来の良い作品だった。

天下のディズニーだけあって全体の作りこみが叮嚀であることは言うに及ばず、題材となっている60-70年代のファッションが芸術として魅力的に映った。ところどころ耳馴染みのある往年の名曲が聞こえ、それもまた当時の雰囲気を表していてよい。

で、本作は『101ぴきわんちゃん』の悪役であるところのクルエラの生い

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読書日記断片⑦ 忘れられた女性作家

読書日記断片⑦ 忘れられた女性作家

すくなくとも近代文学の世界では、女性作家のことをとくに「閨秀作家(けいしゅうさっか)」なんて呼んだりする。「閨秀」というのは頭のいい女性のことを指すそうだが、先日、文学部の先輩方と話をしたときにこの言葉が通じなくてちょっと面食らった。確かに女性作家について調べようと思わなければ出会わない単語と言ってもいいのかもしれない。

●宮野村子『無邪気な殺人鬼』『童女裸像』(盛林堂ミステリアス文庫)

閨秀

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読書日記断片⑥ WEB漫画日和

読書日記断片⑥ WEB漫画日和

あっという間に4月である。

1月から新しいクールでアニメが始まったと思えば、3月末には終わってしまう。こんな調子で1年が経ち、5年10年と徒に歳を重ねてゆくのだと思うと、うら寂しい気持ちになる。

このあいだ観ていると書いたアニメは、だいたい"完走"した。

最注目だった『ホリミヤ』は、各登場人物のエピソードをまんべんなく抑えなくてはならないという性質上、13話ではややあっさり流れてしまった感が

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古本装丁探索

古本装丁探索

以前、古本の魅力について語った記事で、本の装丁も購入の決め手として大きな割合を占める、という話をした。

単純に見た目がカワイイ本というのも欲しくなるわけだが、小村雪岱とか竹久夢二とか、有名な装丁家の手による本はとりわけ購買意欲を誘うし、従って古書価も高いことが多い。

ところが、近代の古本というのは残念なことに、装丁者が明記されていないケースも多分にあるのだ。現代の本なら、目次の末尾やカバー袖、

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小村雪岱を知っていますか

小村雪岱を知っていますか

(※20210316参考文献を追記)

小村雪岱、という画家をご存じだろうか。

「ご存じだろうか」なんて高慢な書き出しをしてしまったが、不肖僕にしても、おそらく古本を蒐集していなかったら知らなかったであろう画家の一人である。

小村雪岱(本名:安並泰助)は、明治20年川越の生まれ。東京美術学校(いまの藝大美術学部)日本画科を出た日本画家である。縁あって、かねてより尊敬していた泉鏡花の本『日本橋』

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読書日記断片⑤ 電子書籍も悪くない

読書日記断片⑤ 電子書籍も悪くない

韜晦でも何でもない事実として、僕はまったく読書家ではないのだが、いちおう出歩く時には本を持ち歩いている。書痴の端くれとしての嗜みである。

ジャンルはいろいろで、収集対象であるところの近代小説やその研究書だけでなく、現代ミステリや文化史の本とか、できるだけ傾向が偏らないように気を付けている。

しかし、コレクションとして買っている"初版本"を外へ持ち出すのは憚られる。ただでさえ状態の悪いものが多い

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読書日記断片④ ある潔癖の逸話から

読書日記断片④ ある潔癖の逸話から

己を護るために外出を控えているわけではない。

仕事柄、感染するしないという観点でいくと、感染していない方がおかしいと自分では思っている。ともかく症状が出なければそのまま過ごすし、重症化したら死ぬだけの話だ。

言うなれば玉砕覚悟の生き方をしているわけだけども、年が明けてからほとんど休日に出歩いていないのは、ひとえに寒さが身に応えてのことである。

「夏の暑さは命にかかわるが、東京の冬は着込んでさ

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若き書痴は何冊の本を買ったか

若き書痴は何冊の本を買ったか

先に答えを言ってしまうと、2020年は延べ1057冊もの本を買った。
もちろん、というのもなんだが、過去最高記録である。

いや、違うのだ。
12月28日の時点での累計は952冊で、ここまで来てしまったものの1000の大台は超えぬように努めよう、と思ってはいたのだ。

12月29日。
固い意志を持った僕は、取り置きをお願いしてあった数冊を年内に受け取っておこうと、西荻窪のS林堂書店へ足を運んだ。

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読書日記断片③

読書日記断片③

趣味だからという名目の下、とにかく買いに買っているので、2020年はすでに去年以上の購入冊数を記録している。ひとまずは1000冊を超えないようにしようと節制に努めているところである。

①芦沢央『汚れた手をそこで拭かない』(文芸春秋社)

保護のためにグラシン紙をかけてしまっているが、薄暗くてイヤな感じのする表紙である。ツイッター上である作家がオススメしていた短編集で、ちょうどサイン本を見つけたの

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安価な初版本

安価な初版本

今後は読んだ本の話をします、とかいいつつ買った本の話をする。

ここ2週間ばかり、どうも忙しくて寝ている時間すらうまくとれなかった。

というのも、これまでなら仕事を終えてはアニメを観るなりYouTubeを眺めるなりダラダラ過ごしてたところに、慣れない読書習慣をムリヤリぶち込んだものだから、単純に睡眠時間の方を圧迫する結果となってしまったのだ。

アニメ時間を削るのが正解なのだけれど、幸か不幸か、

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旧字体の思い出二題

旧字体の思い出二題

前回の話にちょっと付けたり。

戦前に発行された本で面白いものがあると弟に薦めたりもするのだが、たいていは渋い顔をされる。本そのものがバッチイというのもあるが、曰く、そもそも旧字旧かなで書かれていては読めないというのである。

旧字旧かなというとやっぱり昭和の、それも戦前あたりを生きた人が使っている印象で、僕の周りでは曾祖母が確か旧字を使う人だったと記憶している。

昭和ヒトケタ生まれの祖父はとい

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