読書日記断片⑧ 髪の色、肌の色
ちょっと前の話になってしまったが、ディズニー映画『クルエラ』を観た。実に出来の良い作品だった。
天下のディズニーだけあって全体の作りこみが叮嚀であることは言うに及ばず、題材となっている60-70年代のファッションが芸術として魅力的に映った。ところどころ耳馴染みのある往年の名曲が聞こえ、それもまた当時の雰囲気を表していてよい。
で、本作は『101ぴきわんちゃん』の悪役であるところのクルエラの生い立ちを辿るストーリーなわけだが、けっこう序盤当たりで「ああ、これはつまり『ウィキッド』なのだな」と思い至った。
『マレフィセント』あたりも同じ系統だが、誰もが知っているようなファンタジーの名作について、悪役となっているキャラクターの目線や生い立ちを描いたスピンオフ作品というのは、いつごろから出始めたのだろう。
「正典」を鑑みると設定の整合性が取れていないように思えるところがないでもないし、「正典」でものすごい悪行を働くわりに、スピンオフでは善人めいた側面があまりに強調されるというのは個人的には少し引っかかったりする。もっとも、これはスピンオフという形式全般に言えることで、『賭博黙示録カイジ』に対する『中間管理職トネガワ』とか、『容疑者 室井慎次』に対する『弁護人 灰島秀樹』とかでも似たような対比構造が見て取れるように思う。
が、それはそれとして、お馴染みの世界観・キャラクターだからこそ、裏話が語られるのは純粋に楽しいものである。
『クルエラ』と『ウィキッド』との共通点はそれだけではない。
若干ネタバレ気味な話をしてしまい恐縮だが、それぞれの主人公は2人とも、ふつうとは違う特殊な容姿をもってこの世に生を受けている。
クルエラは黒白に分かれた髪で生まれ、「ウィキッド」ことエルファバは全身緑の肌を持っていて、彼女らが悪目立ちする要因のひとつとなっているわけだ。
より詳しく言うと、クルエラの黒白の髪は彼女の持つ二面性と繋がっていて、エルファバの緑の肌はエメラルドシティとの潜在的な関連を示しているのではないかと思ったりするけども、こういう文学的読みはぶっちゃけ全然得意ではないので、込み入った話は出来ない。
だからというわけではないのだが、折よく(本当に、偶然に)母校のミュージカルサークルから『ウィキッド』公演のDMがきた。サークルOBでも関係者でもない僕に、まめやかにメールを送ってくれる殊勝な感じが毎度好印象である。
状勢が状勢だけに合わせの練習時間は限られていたのだろう(と、いう苦労が端々に見て取れた)が、久々に生の公演を観られたこともあって非常に楽しむことができた。主演の2人の度胸はすごいなぁと感心することしきり。
で、舞台上に演じる緑色の肌を観ているうち、そういえば緑色の肌に関する本を持っていたなぁと思い至った。こういうときは勢いが大事なので、帰るなり書架から発掘した。
・ピーター・ディキンスン/大瀧啓裕訳『緑色遺伝子』(サンリオSF文庫)
いわゆるディストピア系と言おうか。翻訳の感じもあるかもしれないけど、なんとなくP・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(あるいは映画版『ブレードランナー』)に似た匂いのする、退廃的な印象のSFだ。設定はもちろん全然違うけども。
裏表紙のあらすじには以下のようにある。
緑色の子供が生まれた――このスキャンダルは、初め好奇心の的でしかなかったが、緑色人の人口が異常に増加しはじめるやいなや、単なる三面記事のように対応するわけにはいかなくなってきた。政府は高圧的な人種差別政策を採用して白人の権利を守ろうとし、若い過激派たちは緑色人問題を口実に社会の転覆をもくろんでいたのだ。
それにしても、なぜ白色人種の両親から突然、緑色人が生まれてくるのか?
天才的な数学者であり、有能なコンピュータ技師でもある若いインド人ヒューマヤンは、癌の遺伝要素にかんする統計学的な研究の過程で緑色遺伝子の重大なヒントを発見していた。そんな彼を「人種関係局」という怪しげな機関がイギリスに招いたのだ。だが、彼の動静を細大もらさず監視していたにもかかわらず、ヒューマヤンは何者かに誘拐されてしまった。こうして事件は意外な方向に発展していくのである。
白人から突然緑色の肌を持った「緑色人」が生まれるという超自然的設定だが、あらすじを読めばわかる通り、現実に対する社会批判を含んだ作品と言っていいだろう。
ところで本書は絶版本なのだが、緑色人に対する差別のみならず、インド人ヒューマヤンも有色人種として扱われる描写があるため、まあ今の時代に復刊されることはまずない。
(ちなみに本書は有名な「サンリオSF文庫」の1冊で、内容的に復刊が望み薄であることや表紙のインパクトの強さなどの理由から、古書価は比較的高めである)
「読書日誌」とかぬかしておいて本の話を軸に据えなくなってしまったが、こういう三題噺みたような妙な取り合わせで駄文を1本したためるというのも、僕の書き味だと思わぬでもない。
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