#転職体験記
第7期スタッフに任せることの大切さを知る〜会社はひとりじゃ育たない〜
第7期に入り、JCも残すところ一年となった。結構、やることが多くて第6期の時のプライベートの時間はほとんどJCにて費やした。実務とJCで多忙を極めていたわけだがその生活も今年で終わりとなる。
JCでしかできないことをと!
今年も1月から飛ばしに飛ばしまくりで京都会議に出席。
しかし、この時は特段、仕事を休むことなく出席できた。
今年は青少年育成委員会に配属されて自分の仕事に関連することも多いなって
第6期創業融資全て完済!〜自分のやりたいまんまやりまくれ〜
とうとうここまできた!
自転車操業でなくなり、そして、この年の4月にとうとう創業時に借りた融資をすべて完済したのだった。
これは本当にうれしかったな。
倒産するかもしれない局面もあったがなんとかもちこたえ、自転車操業にも終止符、更に創業融資完済したのだからそりゃ嬉しくないわけがない。
さて、何をやろうかと考えた!
今まで必死に子どもたちの成長のために自分の得意なことをみんなに教えてきたのだが、毎年
第5期つながりと自転車操業に終止符〜協力者をつくりまくれ〜
第4期よりひきつづき頑張っていたクラウドファンディングとNAVI大賞。
クラウドファンディングは当初は結構、高い金額設定にしていたが担当者との打ち合わせでなるべく達成できたほうが良いと50万円の設定となった。40人もの支援者の方が力となってくれたものの。力及ばずで334,000円で不成立で終了となってしまった。
この時に友人からの紹介でエントリーした人間力大賞のエントリー者発表の場が4月中に行わ
第4期定員枠部屋拡大と全力前進〜思いついたことは全てやった〜
第3期は初の黒字になり、嬉しかったもののやはり実際は自転車操業で寝る前のお金の計算は相変わらずだった。
ただ、生徒が更にレギュラーが5人増えたことにより、スポット定員5名としていたがあまりスポット依頼を受けないことがわかったので縮小して1名に。
その分をレギュラー定員に回して、定員枠を拡大し、生徒は第3期の最後で15人、第4期では20人となったのだった。
当初計画していた悪い、普通、良いの3パター
第2期長男私立中学受験と深夜バイト〜もうだめかもしれない〜
第2期になり、一番の問題にぶち当たった。
それは長男の受験だった長男は小2のころから
なぜかと言うと、うちの近所は今ではあまり見られないヤンキーが多くいる地区で「唯我独尊」と書かれた白い特攻服をきたお兄ちゃんがセブンの前で仲間と写真を撮っていたり、学校から金髪と銀髪の生徒が先生に追いかけられて逃げてくるとかを目の当たりにし、この学校には行きたくないとなってしまったからだ。
わたしはと言うとそう
第1期738万赤字~あなたならこれでも続けますか~
4人の個性的で魅力的な生徒たちの紹介が終わりました。生徒たちの魅力を話し始めるとわが子同様に自慢もたくさん入り、ここをこうすればもっと良くなるんだよねと話が長くなってしまうので一部のみのしょうかいだったけど、この4人の生徒がいてくれたからこそ今があると言っても過言ではない。子どもたちにも保護者の皆さんにも心から心から感謝してます。
この4人と全力で毎日を過ごした。公園にもたくさん遊びに行ったし、
会社設立するための退職と甘い誘惑~あなた社長の愛人ですか?!~
前会社には思い立ってからすぐに退職を伝えた。社長は私が辞めるはずないと思っていたようでかなりの動揺を見せていたっけな。社長とは以前一緒に働いていた時の仕事ぶりを認められ、次男妊娠中に会社を立ち上げたから内勤を手伝ってほしいと言われ手伝うようになった。
次男出産して一週間で離婚。(この話はまた次回^^)
生まれたばかりの子どもを抱えた2児シングルマザーになりどうするか…って時にうちで働けばいいといわ
金なし経験なし超問題児33歳2児のシングルマザーが株式会社を作る計画始動開始
まだ漠然とだけど学童をつくりたい!ってすごく思った。やりたい!って決めたらやらずにはいられないのは小さい時から。やりたい事が見つかるとワクワクが止まらない。
なので、速攻で色々と調べ始めたっけなー。
なぜって…
学童を作ると言っても学童にはいったこともなかったし、どんなものなのか分からずただ漠然と放課後児童を預かってくれるところくらいにしか知らなかったから。
まずは区役所に行ってみた!
学童