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Tale_Laboratory
2021年6月30日 10:56
ガチャと扉が開く。人間が入ってくる。自分の中に入られるようなこの瞬間の感覚はいまだに慣れることはない。「えーと、グラント駅まで」後部座席の扉が閉まり、乗り込んできた男がそう告げる。だが、男が声を発した方向、運転席には誰も座っていない。それに対し男は何も不思議に思うことはない。当然だ。これは自動運転の無人タクシーなのだから。いまやエーアイとやらの発達で、車の運転はほとんどが自動で行われて
2021年6月29日 10:54
すたっ、と小さな足が地面につく。地面に降り立ったのは見た目は小学生くらいの少女だった。だが、その雰囲気は子供というには不自然だった。その子供は周りを見回す。「とりあえず、表層部分は普通ってとこか」彼女の周りに広がるのは住宅街。と言っても、家が所狭しと並んでいるような場所ではなく、所々、空き地があったり、田んぼがあったり川が流れていたりと、随分のんびりした田舎といった風景だ。だが、普通の田舎
2021年6月28日 10:39
「いやあ、楽になりましたね」「まったくだ」二人の男が会話をしている。しかし二人は同じ空間にはいない。それぞれの目の前にある水晶玉にお互いの顔が映っている。二人はお互い離れた場所で魔法通信で話している。「朝早く起きて準備して、宮廷に行かなくていいだけでここまで楽になるとはね」この二人は宮廷魔術師。今までは仕事場である宮廷に通っていたが、魔法による通信技術が近年急速に発達。それにより、必ず
2021年6月27日 14:52
今朝の魔界の空は雲一つない薄紅色の空。いい朝だ。―魔王午前7時起床。朝食はいつものパンと闇イチゴジャム、ヘルニワトリの目玉焼き―しかし余の心はこの空のように晴れやかではない。―魔王は今日、青いシャツを着ている。パターン通り。原因は分かっている。我が魔王軍の悲願である、この世を闇の勢力で平定すること。それの障害になっている恐るべき存在。そして・・・―この時間は大抵、魔王は物思いにふけってい
2021年6月26日 14:21
この惑星には、太陽が二つある。一つはこの惑星から遠すぎて、この星を照らすのも暖めるのも難しい。それは、空に浮かぶ小さなろうそくの火のようだった。そしてもう一つの太陽。これは宇宙空間に無い。この星の空に浮かんでいる。それは最初から空にあった。少なくともこの星に住む人々の歴史の始まりからそれはそこから動くことなくそこにある。それは、楕円形をした銀色に輝く巨大な物体。それはこの星の一日の半分は光
2021年6月25日 11:37
盗みとは一種の芸術だ。情報を収集する。どこに何が保管されているか?それを守るセキュリティは?人間?機械?それをどう突破する?倒す?隠れる?壊す?すり抜ける?それらを全て計算し、そして最後に到達するゴール。そこにあるお宝はもしかしたら目的ではなく、その過程を証明するための証拠でしかないのかもしれない。とにかく、俺は盗みに美学がある。そんじょそこらのケチなコソ泥ではなく、プライドがある。しかし
2021年6月24日 14:24
その日、世界は異変に包まれた。空が真っ赤に染まったと思ったら、次は緑色に染まった。かと思ったら次は黄色に染まる。世界中の人々がパニックに陥った。世界の終わりだと誰もが思った。だが、その空の色の変化は数十分続いたが、ぱたっと止み、いつもの普通の空が戻った。特に世界中から被害が出たという報告は一切なかった。単に空に色が変わったという事件として終わったのだった。後に、とある遺跡から発掘された
2021年6月23日 11:07
歴史上、最高最悪の建築家と謳われた男がいた。その男は世界最高の王様が住む城を建てたこともあれば、闇の魔王が住む城も建てたことがあるという、建築物には善悪の判断を持ち込まない男だった。作りたい物を作りたい時に作る。それだけが男の信念だった。その男が100年前、死の直前に作った最後の建築物が今なお注目を集め続けている。その建物はそれまで作ってきた荘厳な大建築に比べればあまりにも矮小だった。「思
2021年6月22日 10:35
「よーし、まずはランニングからだ。グラウンド10週!」ホイッスルの音が鳴り響く。普通だったら、その後地面を蹴る足音がいくつも聞こえてきそうなものだったが、そんなもの聞こえてはこなかった。そこは荒れ果てたグラウンドで、そこら中石は転がっているは、雑草は生えているわでとても使えるような状態ではなかった。さらにはそのグラウンドにいるのは、ホイッスルを吹いた男が一人いるだけで、他には誰もいない。
2021年6月21日 10:13
風を切って走るというのはいいものだ。夏が近づいているこの季節。車で走る時はエアコンよりも、窓を全開に開けて風を思いっきり入れるのが最高だ。「・・・様!・・・人様ッ!・・ご主人様ッッ!!」窓を全開にしていたせいで風の音にかき消されていた声が私の耳に届く。それはスピーカーから聞こえてくる。「何?」「さっきから呼んでいるのに少しはこっちも気にしてください」「はいはい。で?何か用?」「もう
2021年6月20日 11:26
「ちょっと、もう少し離れてくれない?」「ご、ごめんなさい!」大きな木々が生い茂る森の中を歩く影。二つは同じくらいの背格好の少女のもの。もう一つは4つ足の動物としては巨大すぎる獣のものだった。「まったく、いつまで続くのよ。この森は」いらつきを隠すことなく、赤いフード付きのマントを羽織った少女はだれに言うでもなくさきほどから文句が口から漏れている。「で、でも、落ち着きませんか。緑の多いところ
2021年6月19日 11:04
太陽が東の空から昇る。いつの間にか夜が明けていたらしい。徹夜は僕のライフスタイルに反するが、この場合は致し方ない。僕の隣に立っている男。こいつが僕の徹夜の原因。雑居ビルの一フロアにある小さな事務所に凶器を持って入り、そこにいた人たちを人質にして立てこもったのが、昨日の夜8時のこと。そこから2時間後に僕が呼ばれ、一晩中おしゃべりに興じたというわけだ。ネゴシエーターとして。犯行の動機は、金や
2021年6月18日 11:26
その日、月の都は大混乱に陥っていた。月の中心地にある都市、さらにその中心にある荘厳で巨大な神殿。そこに住むのは月の王族。その神殿内では今や、その威厳などどこ吹く風といわんばかりの騒々しさに埋もれていた。神殿に仕える神官や巫女たちは慌ただしく動き回っている。その理由は、とある重要人物の失踪、いや家出だった。月から大分離れた宇宙空域に一隻の船が進んでいた。それは2、3人程度しか乗れない個人
2021年6月17日 11:14
「ありがとうございました」深々と頭を下げお礼を言う中年男性。薄くなった頭頂部を気にすることなく、自分の目の前に座る若者にそれを見せている。その青年はずっと頭を下げお礼を言い続ける自分よりずっと年上の男に少しバツが悪い気持ちを抱きながらも、それを受け取っていた。「ふぅ~」大きなため息をつく青年。中年男性が部屋を出ていったあと、彼がまず先にしたのがそれだった。ここは都内にある小さな探偵事務所。