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空想お散歩紀行 知識欲は全ての力に勝る

今朝の魔界の空は雲一つない薄紅色の空。いい朝だ。
―魔王午前7時起床。朝食はいつものパンと闇イチゴジャム、ヘルニワトリの目玉焼き―
しかし余の心はこの空のように晴れやかではない。
―魔王は今日、青いシャツを着ている。パターン通り。
原因は分かっている。我が魔王軍の悲願である、この世を闇の勢力で平定すること。それの障害になっている恐るべき存在。そして・・・
―この時間は大抵、魔王は物思いにふけっている。やはり考えいるのはあの人のことだろうか。
「・・・こんな朝からいろいろと観察する必要があるのかな?フロイライン」
余が隣に座っている者に目をやると、その者は不思議そうにこちらを見返してくる。私の疑問に対して疑問を持っている。
「え?当たり前じゃないですか」
この小柄で眼鏡を掛けた人間の女。
この者は気が付いたら、我が前に現れていた。
我が魔王城は幾重にも張り巡らされた罠や精鋭の魔物たちによって守られているのにもかかわらず、この者はそれら全てをすり抜けてここまで辿り着いた。
しかし、余を打ち倒すとか、そういう理由ではなく・・・
ただ知りたいとのこと。余のことを、この魔王のことを。
当然、そのようなふざけた理由で余がこんな矮小な人間ごときを近くに置くわけがない。
まったく強そうには見えないこの者が、どうやって余の前まで辿り着くことができたのか気になることはあるが、余のことを全く恐れる様子の無い人間は無礼にも程がある。
そんな者は例外なく消すことにしている。今回もただそうするだけのこと・・・
と、思っていたのだが、この小娘からとんでもない言葉を聞いた。

勇者様のことは全て調べ終えたので、魔王様のことを調べに来ました。

勇者。我らの今一番の悩み。我ら魔王軍はやつたった一人のために、世界平定の計画が遅々として進んでいないのだ。
つまりこの娘は、我らが最大の障害の情報を全て持っている可能性があるということだ。
というわけで、その情報を引き出すために我がそばにいることを許可しているわけだが・・・
「お前は、本当に勇者のことを全て知っているのか?」
「知ってますよー。身長、体重、3サイズ。価値観、死生観、癖の一つ一つまで」
「で、それを余に教えてくれる気はないのだな?」
「これはあくまで私の趣味でやってるようなものですから。個人情報の漏洩はしないことにしてるのです。あくまで私個人が楽しむためだけです」
なんともぽやっとしてる人間だが、この部分だけは何とも言えない信念のようなものを感じる。恐らくどんな拷問に掛けようとこの者は情報を吐き出すことはないと、余は確信している。
「では、交換条件というのはどうだ?余が貴様の持っている疑問に可能な限り答えてやろう。余のことを調べたいのだろう。ならばそれは一番の近道とは思わないか?」
余の提案に、この娘はいっさい考える間もなく答えを返してきた。
「そういうのも確かに有難いんですけど、それは極力避けたいんですよね。その人本人が語る言葉って、必ずしもその人を現わしてないんです。だれでも自分が可愛いですから、どこかで自分を庇ったり、良く見せようと小さな嘘を言ったりするんです」
瞬間、余の頭に血が昇るのをはっきりと感じた。
「貴様!余を愚弄するか!余が我が身可愛さに自らを偽るとでも!?」
余の怒りは魔王城全体にすぐに伝わる。恐らく配下の魔物たちは今怯えているだろう。しかしこの殺意の魔力の流れの中にあっても、この娘は一つも動揺していなかった。
「魔王様が自分を偽らないのは分かります。でもそう簡単な話ではないんです。もっと小さな本人では気づけない無意識の行動というのがあるんですよ」
決して怯むことのないその態度に、むしろ余の方が大人げない気がして知らず知らずの内に怒りを収めてしまった。
「だから、本人の1の言葉よりも、周りにいる人たちから100の言葉を集めた方が、その人の真実に近づきやすいんです」
「そういうものなのだろうか・・・」
思わず納得しかけてしまった。まったくこいつにはとことん調子が狂わされる。
しかしそこでハッと気づく。
「待てよ。と言うことはお前は余の周りをうろつくだけでなく、臣下の者たちにまでまとわりついているのか?」
「はい。もうこの城の大体の魔物さんたちにはインタビューとかさせてもらってますよ」
何ということだ、余が知らぬ間にちゃっかりこの城に馴染んでいるではないか。
「おい」
余は声を掛ける。この娘ではなく、床に落ちている自分の影に対して、
「はい、魔王様」
すぐさま返事が返ってくる。これは余の僕の一人だ。
「こやつが我が城の中で情報を集めているようだが、それを外部に漏らしたりはしていないのだろうな?」
「はい、私ども、四六時中見張っておりますが、そのような素振りは一切見せません。本当に自らが楽しむためだけに行動しているようです」
とりあえず、私はほっと胸をなでおろす。
「ちなみに、いつまでここにいるつもりだ?」
余は尋ねた。何かとても嫌な予感がする。
「特に期限はありませんよ。私が納得するまでです」
ある意味想像通りの答え。どうやらこれからしばらくは余の周りが落ち着くことはないようだ。
もしかしたら勇者のやつも同じだったのだろうか?
「余は今、初めて勇者のやつに敵愾心以外の気持ちを持ったぞ・・・」

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