見出し画像

空想お散歩紀行 深層心理の捕食者

すたっ、と小さな足が地面につく。
地面に降り立ったのは見た目は小学生くらいの少女だった。だが、その雰囲気は子供というには不自然だった。
その子供は周りを見回す。
「とりあえず、表層部分は普通ってとこか」
彼女の周りに広がるのは住宅街。と言っても、家が所狭しと並んでいるような場所ではなく、所々、空き地があったり、田んぼがあったり川が流れていたりと、随分のんびりした田舎といった風景だ。だが、普通の田舎とは違う部分もあった。
まず、空の色がクリーム色だった。浮かんでいる雲はピンク色で、鳥が飛んでいるかと思いきや、それは猫だった。
「ずいぶんとファンシーなとこだこと」
そんな異様な風景でも、彼女は少しも動揺していない。
なぜなら彼女は知っているから。ここが通常の世界ではない。そしてここに踏み込んだのは自分からだということを。
ここは一見、町が広がっているように見えるが、人が生活するための空間ではない。
なぜならここは、とある個人の心の中の世界。
少女は人間ではなかった。人の心を食べる悪魔。それが彼女の正体。
少女の姿もあくまで人間に化けているだけである。
彼女はいかにすれば手っ取り早く人の心を食べることができるか考えた結果、出した答えが、
心理カウンセラーであった。
確かに彼女は人の心を食べるが、何でもいいわけではない。同じような悪魔は他にもいるが、それぞれ味の好みがある。
彼女が好きな心の味はトラウマ。傷つき疲れ怯え切った心が彼女にとって極上の味だった。
だから、彼女は人間界で心理カウンセラーとして起業した。
女性に化けているのも、訪れる患者が女性の方が多いからである。食事の対象を安心させるのは第一段階として必要だからだ。
今、一人の女性が患者としてカウンセリングを受けている。
彼女の分身体―こちらは普通の大人の女性の外見をしている―がカウンセラーとして患者の話を聞いている。
その間に、彼女の本体が対象の心に潜り目的の場所に向かうのだ。
「今回のエサの悩みは、恋愛関係だったわね」
彼女は患者の心の世界を歩きながら、情報を整理する。
「好意を持った異性と近づき、親交を深めることはできるが、ある程度まで深くなると途端に怖くなり、自ら身を引いてしまう」
悪魔の彼女にとって、男女の恋愛関係など興味は無い。重要なのはその心の動きだった。
「男関係というより、人間関係と言ったほうが正しいかもな。そしてこの風景、見た感じこのエサの子供時代といったところか?」
一人、ぶつぶつと呟きながら歩き続ける。
カウンセリングの時間は60分。それまでに原因を掴まなくては。
そして彼女はある場所に辿り着く。そこは公園だった。
しかしその公園の隅に不自然な物があった。
相変わらず空も雲もおかしな色をしているこの世界であっても不自然な物。
それは鉄製の扉だった。公園の真ん中にぽつんと置いてある。
それを見て彼女は口の端を釣り上げる。
「ここかな?」
彼女はためらうことなく、その扉に手を掛ける。
重く、固く、開くことを拒むようなその扉を彼女は無理やり開ける。すると、
その先に広がっているのは公園の風景ではなかった。
どこまでも深く、底があるのかも分からない、暗くてドロドロした空気が渦巻く空間。どこからともなくうめき声のようなものも聞こえる。
「見つけたぁ」
顔を赤らめ、心底嬉しそうに彼女はにやける。
そこは彼女にとって最高の食事が待っている場所。
患者本人も気付いていない、心の奥の奥。
「では、いただきます」
彼女は一切の躊躇なく、その空間に飛び込んだ。

「ありがとうございました」
深々と頭を下げてお礼をする女性。その顔は実に晴れ晴れとしており、憑き物が落ちたような爽やかな表情をしていた。
「いえいえ、ごちそ、いやお大事に」
そのカウンセラーも笑顔で患者の女性を送り出す。その際小さくゲップをしたことを女性は気付いていなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?