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空想お散歩紀行 Miss・ミス

盗みとは一種の芸術だ。
情報を収集する。どこに何が保管されているか?それを守るセキュリティは?人間?機械?それをどう突破する?倒す?隠れる?壊す?すり抜ける?
それらを全て計算し、そして最後に到達するゴール。そこにあるお宝はもしかしたら目的ではなく、その過程を証明するための証拠でしかないのかもしれない。
とにかく、俺は盗みに美学がある。そんじょそこらのケチなコソ泥ではなく、プライドがある。
しかし、
「なぜだ!?どういうことだ!」
今回俺が狙ったお宝。世界に一つしかない巨大ダイヤモンド「ギャラクシー」
それが期間限定で帝国博物館に展示されるこの時期を狙って計画を立て、そして今まさにそれを手にしたというのに・・・
「これは・・ダイヤじゃない。ただのプラスチックの偽物だ」

失敗とは成功の反対。そんな単純なものではない。
やる前から失敗すると分かっているものもあれば、成功確実と思われていたものが最後の最後で不運によって失敗に終わることもある。
失敗は成功の母とか何とか言われるが、それは違う。失敗そのものに掛けがえのない真実が眠っていると私は思っている。
だから私は失敗を追う。そしていつしか誰かが失敗するのを待つことに限界を覚え、私自らが失敗を強制的に作り出すことにした。SNSで話題作りのために注目を集めようとしたやつを炎上させるような小さなことから、大それた計画犯罪を破綻させるような大きなものまで、私は世界に失敗をばら撒きたいのだ。

「悪いけど、それはニセモノ。私がすり替えておいたわ」
突如、怪盗の男の前に現れた金髪の女。
「誰だお前は?」
薄暗い部屋の中でお互いの顔はあまりよくは見えない。
突然のことに動揺しながらも、男はとっさに戦闘態勢を取る。目的のお宝がある場所へ潜入する際、さらにそこから逃げる際など、体術が必要なことは多々ある。彼は人間を簡単に無力化できるほどの力は持っていた。
しかし、明らかな敵意を向けられているにもかかわらず女はさきほどから笑みを絶やさない。自分の方が上にいるという余裕を感じさせるものだった。
「は!随分なめてくれてるみたいだけどよ。あんた見た感じ、そんなに強くなさそーだな」
「そうね。ケンカの類は専門外よ」
握りこぶしに力を込める男。いつでも飛びかかれる間合い。それなのに相も変わらず女は一筋の汗すらかかない。
「でも、この勝負は既に終わってるの。私の勝ちでね」
女の言葉に、男は一瞬何を言われたのかよく分からない顔をする。
「私の目的はあなたを失敗させること。ここのダイヤが目的だったんでしょ?でもニセモノを掴まされた。はい、私の勝ちってこと」
「ふざけんな!!」
男は我を忘れて思わず大声で怒鳴っていた。
それしか言えなかったのだ。
「ふざけてなんかいないわよ。私はあなたのことに気付いた。でもあなたは私に気づかなかった。なんならあなたの計画、全て言ってあげましょうか?」
女はそこから、たんたんと男の今回の計画を語り始める。最初の情報収集から建物への侵入経路、使用する道具類まで全て完璧に握られていた。
「そんな・・・」
男は声が出なかった。ここまで自分のことが筒抜けになっていたなんて。怪盗として致命的である。彼は彼女の掌の上で踊っていただけにすぎないことを、その時痛感した。
「待てよ。そこまで分かってんなら、もっと早い段階で俺を捕まえることができたはずだ。何でこんな最後に・・・」
「決まってるでしょ。一番失敗が輝くのは、最後の最後、成功がすぐそこに見えた瞬間だからよ」
女は顔をキラキラさせて即答する。男はそんな彼女の表情に彼女の全てを見た気がした。
「なんて女だ・・・俺の完敗だ」
男は力なく床に座り込む。完全に覚悟を決めた。ここでお縄につく、怪盗としての人生はここで終わったのだと。
しかし、次に来たのは彼が今日一番理解できない言葉だった。
「そ。じゃあ次はもう少しがんばんなさいよ」
女は男に背を向けるとそのまま部屋を出ていこうとした。その背中に慌てて声を投げる男。
「ちょ、ちょっと待てよ。俺を捕まえるのが目的じゃないのか!?」
女は振り返ると、不思議そうな顔をして逆に尋ねる。
「私がいつ、あなたを捕まえるなんて言ったっけ?私はあなたの計画を失敗させるためだけにここに来たのよ」
「この博物館とか、警察とかに依頼されたとかなんじゃ・・・」
「なんでそんなやつらと手を組む必要があるわけ?ここに入り込んだのも、ダイヤをニセモノとすり替えたのも、全部私が勝手にやったことよ。無許可よ無許可」
あっけに取られる男。次に掛ける言葉も見つからずに、辛うじて出せた言葉が
「あ、あんた。名前は何て言うんだ・・?」
「そうねえ・・・ミスでいいわ。じゃ、また。今度はもっといい場面で会えればいいわね」
彼女は部屋を出ていった。
一人残された怪盗の男は、もうしばらくただそこに立っていることしかできなかった。

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