空想お散歩紀行 オトギ大戦 その2
「ちょっと、もう少し離れてくれない?」
「ご、ごめんなさい!」
大きな木々が生い茂る森の中を歩く影。二つは同じくらいの背格好の少女のもの。もう一つは4つ足の動物としては巨大すぎる獣のものだった。
「まったく、いつまで続くのよ。この森は」
いらつきを隠すことなく、赤いフード付きのマントを羽織った少女はだれに言うでもなくさきほどから文句が口から漏れている。
「で、でも、落ち着きませんか。緑の多いところって」
もう一人の少女は長い黒髪を特にまとめようともせず、前髪で目の半分は隠れている。そのため表情は読み取りづらいが、何とも常に自信なさげでどこか怯えている様子だ。だが、同時に今いるこの森を楽しんでいることも伝わってきた。
「そりゃあんたは楽しいでしょうよ。ここにはあんたの好きなもんが山ほどいるでしょうから」
赤いフードの少女は周りを見渡す。所々木漏れ日が漏れてくるこの森は、確かに森林浴にはいい所だろう。だけど隣を歩く少女の興味はそんな爽やかなところにはないことを知っている。
その時、彼女の足元で何かが動いた。
「ひッ!!」
彼女は短い悲鳴を出し、反射的にのけぞる。そして自分の後ろを歩いている獣、巨大な狼の足にしがみついた。
地面にいたのは10センチほどの大きなムカデだった。
「あ、ムカデさん」
飛びのいた少女とは対照的に、黒髪の少女の方はそのムカデを地面から拾うと、ムカデの好きに手の上を這わせ戯れていた。
「いや、ムカデって毒あるんでしょ?」
「だ、だいじょうぶですよ。こちらから攻撃するようなことをしなければ何もしません。
ふふ、かわいい」
うっとりとした表情でムカデを見つめる少女とはっきりとドン引きしている少女。
「あんたの虫好きには、どうも慣れないわ。でもね、うちの子に近づくのは気をつけてくれる?あんたが近づくとこの子、妙に痒がるのよ」
そう言って、赤フードの少女は狼の体を撫でる。
「ご、ごめんなさい」
この二人が出会ったのは2週間ほど前。突如世界に放たれたオトヒメと名乗る女の宣戦布告。各地に放たれた海の軍勢から、自分の国を守るために戦いに巻き込まれることになった赤フードの少女、ルベルと魔狼のウェナートル。
同じく海の軍勢の侵略に巻き込まれる多くの生き物たちに悲しみ、この戦いを終わらせたい意志を持つ、蟲使いのイマディア。
二人は共に旅の途中で出会い、ちょっとしたいざこざの後、共に協力することになった。
「まったく、なんでこんなのと手を組むことになったんだか。ジメジメウゾウゾしてて、
山のように群れてて気持ち悪い、こんな虫けらたちと―――」
「は?」
ルベルの言葉に、即座に反応するイマディア。さきほどのおどおどした雰囲気はそこになく、両の瞳は見開かれていて明らかに敵意がむき出しになっていた。
「虫たちはよく見れば実に美しい体をしているんですよ。そういう繊細な所に対する観察眼がないのではないですか?そんな大きいだけのワンちゃんといっしょにいるから、そうなるんですかね?大体蟲たちと違って毛むくじゃらで暑苦しいんですよ。息も臭いですし」
イマディアから放たれる言葉は、ルベルのように激しいものではなかったが、それはまとわりつくように這っていった。
途端二人の間の空気が凍り付いたかのように動きを止めた。
「ふーん・・・ねえウェナートル。あなたの口はどうしてそんなに大きいの?そうよね。私たちの敵を食いちぎるためよね!」
ウェナートルがその口を開く。そこは血のような色の空間に、岩のような牙が覗いている。
同時にルベルが腕を前に出す。その手に握られているのは自分の身長と同じくらいはあろうかという猟銃だった。
「・・・・・・・」
イマディアは一言も言葉を発しなかったが、彼女の怒りを代弁するかのように、彼女の周りに小さな音が蠢きだす。
それは、人間の親指大のスズメバチが何匹も飛び回り、足元には何十匹という蜘蛛やムカデが這いずり出した。どれも猛毒を持っている蟲たちだ。
しばらくの間、二人は動かずにいた。それは何十分も、何時間も続いたように思えたが、実際には十数秒の出来事だった。
「・・・ふん、ちょっと熱くなりすぎたわ。悪かったわね」
「いえ、こちらこそ、すいませんでした」
互いに攻撃態勢を解く。出会ったばかりの頃に、勘違いから戦闘になったことがある二人。その時から、お互いに本気でやり合いたくないという共通認識が出来上がっていた。
「ああ、早くこの森抜けたいなー」
また会話が最初に戻る。だが状況は大きく変わり始めていた。
最初に気付いたのはイマディアの方だった。
空を見上げる彼女に続いて、ルベルも目で追う。
そこには、空を横切る物体があった。流れ星にしては大きすぎる。それに今は昼だ。
輝くように空を行くその物体。それは少しずつだが、地上に近づいているように見える。
「何なのあれ?」
「分かりません。でも、何だか形的には竹・・・のように見える気が」
この時の二人には、それが宇宙船で、月からこの戦いに参戦する人物が乗っているなど思いもよらなかった。だが、
「ろくでもないことになりそうな予感だけはするわ」
ルベルの言葉にイマディアもうなずいた。その予感はそう遠くない未来に実現することとなる。
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