空想お散歩紀行 壊れた世界で気ままに旅を
風を切って走るというのはいいものだ。
夏が近づいているこの季節。車で走る時はエアコンよりも、窓を全開に開けて風を思いっきり入れるのが最高だ。
「・・・様!・・・人様ッ!・・ご主人様ッッ!!」
窓を全開にしていたせいで風の音にかき消されていた声が私の耳に届く。
それはスピーカーから聞こえてくる。
「何?」
「さっきから呼んでいるのに少しはこっちも気にしてください」
「はいはい。で?何か用?」
「もうそろそろ瘴気が濃い地帯になります。窓は閉めた方がよろしいかと」
「せっかく楽しんでたのに。いいわよそれくらい」
「いえだめです。ご主人様は平気でも、私の体の中が汚れます」
「はいはい」
しかたなく窓を閉める。私は自分の車に、自分が契約した精霊を憑依させている。道と風を司る精霊ヘルメスを車に憑依させれば、案内役として便利になると考えたからだ。
実際確かに便利になったのだが、車内の汚れにやたらと敏感なのがうるさい。おかげで私は車内でタバコが吸えなくなってしまった。
「大体、なんで車なんかで地上を移動するのですか?ご主人様なら空を飛んだ方が瘴気地帯なんて簡単に越えられるでしょう?」
「空はもう散々飛んだからいいのよ」
確かに言われた通り、空を飛べばこんな所簡単に越えられる。
「今は地面をのんびり走るのがいいんじゃない。せっかく世界がこんなんになってんだから」
私は自分で言うのもなんだが、世界で5本の指に入る魔女だと自負している。
だが、その力で世界をどうこうしようとは思わない。
でも私のように考える方が圧倒的少数で、力のある者はそれで何か大きなことをしたくなるらしい。
そのためか、どこかのバカが最近世界を壊してしまった。
世界の安定を司る聖石を破壊したらしい。
おかげで、世界中で異変が起きた。
ある所では瘴気が吹き出し、ある所では地震や洪水で地形が変わった。
かと思えば、ある所では病気や怪我を癒す奇跡の水が噴き出したりと、めちゃくちゃな状態だ。まあ、私には関係無いけど。
でもせっかくなので、今のこの世界を旅してみようと思い、車で走っているというわけだ。
「ご主人様、前方に生体反応があります」
瘴気が濃くなってきたせいで少し視界が悪くなってきたが、確かに誰かが道路脇に立っている。
よく見ると、頭からすっぽりとローブに身を包んでおり顔はよく見えない。
ローブから出た両手が何かを持って空へと掲げている。
それは大きな紙だった。そこに書かれている文字を見て、私はピンと思いついた。
「へえ、あれがヒッチハイクってやつか。初めて見るわね」
アクセルを緩める私をヘルメスがすぐに諫める。
「ちょっと!何止まろうとしてるんですか!?こんな瘴気だらけの所に立っているなんて、普通の生き物じゃありませんよ。無視するべきです!」
私はヘルメスの忠告の方を無視して、そのままブレーキを踏んだ。旅は道連れ世は情けってね。
ヒッチハイカーの隣に付けると、私は窓を開ける。むわっとした空気が車内に流れ込んできた。
「ほら、乗っていいわよ。ちょっとうるさいナビがいるけど、私が行くところまでだったら連れてってあげる」
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