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空想お散歩紀行 霊体改造プログラム

「よーし、まずはランニングからだ。グラウンド10週!」
ホイッスルの音が鳴り響く。
普通だったら、その後地面を蹴る足音がいくつも聞こえてきそうなものだったが、そんなもの聞こえてはこなかった。
そこは荒れ果てたグラウンドで、そこら中石は転がっているは、雑草は生えているわでとても使えるような状態ではなかった。
さらにはそのグラウンドにいるのは、ホイッスルを吹いた男が一人いるだけで、他には誰もいない。
だが、それは普通の人間が見ればの話だった。

2日前。その男、マコラは緑深い山中にいた。仕事の依頼者に連れられて。
その時彼は袈裟を身につけていた。彼は祓い専門の僧侶であった。
「確かにこの辺りの霊気はすごいですね」
彼は共に歩く、今回の仕事の依頼者に話しかける。
「ええ。ここは古くから伝わる場なんです」
依頼者の老人はこの辺りを収める、マコラと同じ霊関係の者だった。マコラと違い、霊を祓うことはできず、霊の監視が主な仕事だった。
「大丈夫です。私に任せてください」
マコラは最近修行を終えた身で、今回が初の仕事だった。なので一層気合いが入っている。
「改めて確認しますが、今回の依頼は霊を改心させるということですけど・・・」
老人が振り返って尋ねる。
「ええ。承知していますよ。確かにただ祓うより、霊を改心させて自ら成仏させる方が難しいですが何とかしてみせます」
そうですかと、老人は安心したような顔を見せる。
「ああ、そろそろです。この先が問題の場所です」
その言葉にマコラは一層気を引き締める。確かにこの先からはいくつもの思念のようなものが流れて来ている。
「間違いない、この先にいる。それも複数、それに・・・でかい」
どんなやつらなのか、恐怖に傾きそうになる心を何とか平常心に押しとどめて、マコラは奥へと足を踏み入れた。
そこには、確かにいた。7体の霊が。しかし・・・
「あれ?じいちゃ~ん。なに~?お客さん?」
そこにいたのは、全員少女の霊だった。
だが、マコラが思っていたのと違うのは、その体勢だった。
全員が全員だらけきっていた。
ある者は木に背中を預け座って寝ており、またある者たちは寝そべって好き放題に遊んでいる。どこから持ってきたか分からないがお菓子を食べたり、ノートPCで何かを見ている。
あの菓子やPCも霊的な物なのだろうかと疑問に思う前に、マコラはその状況が全く飲み込めずにいた。
「あ、あの、これはどういうことですか?」
「はい。この子たちが依頼の内容です」
老人は詳しい説明を始めた。
「この辺りは昔から霊気の豊富な場所というのはお話しましたね。つまり霊たちにとってここは栄養豊富な地でもあるのです」
「はあ・・・」
マコラはそれは理解できた。霊が集まりやすい場所というのは、霊に適した場所だからだ。
「なのでこの子たちは太ってしまったのです」
いきなり分からなくなった。
「霊って、太るんですか?」
「全部が全部というわけではないでしょうが、少なくともこの子たちはそうなりました」
確かに改めてよく見てみると、どの霊も太ももや腰のあたりの肉付きが妙によい。霊なのに。
「昔だったら、このような場所にいて霊気を貪っても、その分人や物に憑りついたり、まあ霊らしいことをしていたんですが、最近の霊ときたら・・・」
老人の口ぶりは、最近の若者は、と何ら変わりがないものだった。
「あまり霊としても自覚が無いみたいですな。
それよりも自分が好きにするほうがいいみたいで、もっぱら一日中寝ていたり、マンガ読んだり、レーチューブばっかり見ておるのですよ」
レーチューブって何?って聞こうとしたがマコラはやめておいた。
「と言うわけで、あなたにはこの霊たちをしっかり霊として改心させてほしいのです」
「あ、そういう意味だったんですね・・・」
何だか話が変な方向に行ってしまったが、一応理解はできた。だが納得はできていない。
「いや、でもこれは私の専門外というか、何と言うか・・・」
「よし!お前たち!今日からこの人が先生だ!ちゃんと言うことを聞くようにな」
老人はマコラのことはお構いなしに話を先に進めている。
「え~、やだよ~。めんど~い」
次々と霊の少女たちからブーイングが飛び出す。何の霊感もない人間がこの場にいたら、きっと意味不明な怪現象として怯えていたに違いない。だが実際は大人に抵抗する子供のそれと同じものだった。
「だまらっしゃい!お前たち毎日毎日グータラして、体重増えたせいでまともに宙を浮遊することもできなくなっただろ」
「え?それって霊として致命的では?」
もはやマコラには目の前の少女たちが霊に見えなくなってきている。
「別にいいもーん。飛べなくなったって。ここにずっといるから」
「自分から地縛霊になろうとする霊初めて見たな・・・」
マコラは今後のことがまったく分からなくなっていた。おそらく未来を見通す霊視の能力があったとしても分からなかっただろう。

そして、
「おら!遅れてるぞユミ!」
袈裟からジャージに着替えたマコラがそこにいた。
山奥の廃校になった学校を利用して彼女たちのトレーニングが始まった。
一度引き受けたからには、仕事は最後までこなす。初めての仕事ということにプラスして真面目なマコラの性格は妥協を許さなかった。
「これが終わったら、腕立て腹筋もやるからな!」
「えーん、トレーナーきびしい~」
「何言ってんだ。霊札付けて無理やりやらせてもいいんだぞ」
ひ~と霊たちから悲鳴が聞こえる。
「今後はダンベルとかの道具も取り入れていくからな」
この後、トレーニングはどんどん本格的になり、マコラも霊の少女たちものめり込んでいき、いつしかトレーニングそのものが目的化していくのだが、それはまた別のお話。

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