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空想お散歩紀行 古代と最新のハイブリッドタクシー

ガチャと扉が開く。人間が入ってくる。自分の中に入られるようなこの瞬間の感覚はいまだに慣れることはない。
「えーと、グラント駅まで」
後部座席の扉が閉まり、乗り込んできた男がそう告げる。
だが、男が声を発した方向、運転席には誰も座っていない。
それに対し男は何も不思議に思うことはない。当然だ。
これは自動運転の無人タクシーなのだから。
いまやエーアイとやらの発達で、車の運転はほとんどが自動で行われている。自分で運転するのは趣味の話になっている。
そんな世の中で、時代に逆行も逆行したやり方をしているやつがいる。
俺の雇い主。いや、違うな。そんなんじゃない。
そいつは、古くから伝わる魔術師の家系で、今や世界中から忘れ去られた技の持ち主。
その末裔が何を思ったか、邪神、しかも第一柱の俺様を封印。あまつさえこんな車ごときに封じ込めやがった。
『お互い世界から忘れ去られた者どうし。仲良くしよう』
だと?
俺はヤツと契約をほぼほぼ無理やり結ばされ、こうしてタクシーとしてこき使われている。
今頃やつは事務所で一人、優雅に菓子でも食ってるだろう。
だが、解放されるには仕事をするしかねえ。
俺は客を乗せて走り出した。
俺が封印されているから、この車に燃料はいらない。それもあいつの稼ぎになっているかと思うと腹立たしいがな。
そもそも、いつまでも後ろ向きに考えるのは性に合わない。
せっかくだし今は考えを変えて、前向きにやっている。
俺の中にはこの街全ての道が入っている。どこが今どれほど混んでいるか。どの道が空いているか。
なめるなよ。エーアイだか何だか知らないが、俺と張り合って勝てたやつなんて、今まで一度も・・・まあ一人はいるが。
とにかく、せっかくだ。この街の道は俺が制す。そしてあの女に認めさせてやるさ。
車の体だから誰にも分からないが、俺は笑うと、アクセルを踏み込んで加速した。
もちろん法定速度以内で。

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