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【長編】リンネの目

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双子の女子高生が不可思議な能力で行方不明の少女を探すお話。
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リンネの目 プロローグ

リンネの目 プロローグ

 授業が終わった午後の昼下がり、正門を抜け、下校していく生徒たちの姿を眺めながら鈴音は窓を開けた。渇いた秋の風が吹き込んでくる。
「お願いします! 早く探してください」
 思い詰めた声。振り返った先では机を二つ突き合わせ、二人の女子生徒が向かい合わせに座っている。その右側に座った生徒は、今にも泣き出さんばかりの表情で向かいに座る生徒を見つめていた。
「とても大事な物なんです。失くして以来、母はすっ

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リンネの目 ①『依頼』

リンネの目 ①『依頼』

「……実際見るとすごいな、この坂道」
 心地よい秋の日差しを受けながら槙零人は呟いた。目の前には急傾斜の上り坂。そこをブレザー姿の高校生たちが雑談しながら下りて来る。車は近くの駐車場に停めてきた。学校への道は狭いから訪ねるのなら歩きで行け、と妹に言われたからだ。たしかに道は狭い。離合できそうな場所も少なく、慣れない者には難しい道かもしれない。それにしても。
「傾斜、何度あるんだろう」
 うんざりし

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リンネの目 1.5『鈴音と美鈴①』

リンネの目 1.5『鈴音と美鈴①』

 リビングのテーブルに向かって鈴音はノートを広げていた。宿題を片付けてしまおうと思ったのだが、窓の外から聞こえてくる鈴虫の音が気になってはかどらない。ノートの上に頬杖をついて窓を眺めていると、パジャマ姿の美鈴が濡れた髪をタオルで拭きながらやってきた。
「あ、宿題してたの?」
「うん。けど、鈴虫がうるさくて進まない」
「ま、しょうがないよね。秋だし。裏、山だし」
 言いながら美鈴は窓から外を覗く。し

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リンネの目 ②『ポチ』

リンネの目 ②『ポチ』

 失踪捜査課に配属されて良かったことは時間の融通が利くということだろう。槙は手に持ったケーキの箱が傾かないよう気をつけながら、人気のない坂を上っていく。時刻は午後三時過ぎ。もうそろそろ授業が終わる頃だろうか。高校の頃の時間割を思い出そうとしたが、わずか四年前の記憶だというのに思い出すことはできなかった。
 学校に到着した頃、チャイムが鳴った。一気に校内が騒がしくなる。なんとなく懐かしいその喧騒を聞

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リンネの目 ③『目』

リンネの目 ③『目』

 二杯目の紅茶を口に含みながら、槙は向かいに座る美鈴を眺めていた。まだケーキを食べている。あれから約一時間。どうがんばっても食べ切れなかった槙の分まで彼女は食べていた。どういう胃袋をしているのだろう。あんなに生クリームを食べて気持ち悪くならないのだろうか。
「すごいですね」
 一時間前と同じことを、槙は無意識に呟いていた。美鈴が顔を上げる。
「なにが?」
「ケーキ、よくそんなに食べられるなと思いま

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リンネの目 3.5『鈴音と美鈴②』

リンネの目 3.5『鈴音と美鈴②』

「ポチ、帰ってこないなぁ」
 食後の片付けも終え、のんびりとソファでくつろぎながら美鈴が言った。
「まだ探させてるの?」
「うん。近くに気配でも残ってないかと思ってさ」
「きっと、何もないよ」
 鈴音は二つのコップにジュースを注ぎ、一つを美鈴に手渡して隣に座る。
「彼女が目を落としたのだとしたら、あの周辺。だけどポチは目撃者の目しか見つけなかった。だったら、もうあの子の目は他のムシに喰われたんだよ

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リンネの目 ④『憑く目』

リンネの目 ④『憑く目』

 槙は手帳を片手に街を彷徨っていた。昨日、別れ際に鈴音から指示を出されたのだ。あの場所で起きた事件、その犯人の自宅周辺で沙歩の姿を見なかったか聞き込め、と。理由を聞いても曖昧に答えるだけで詳しいことはわからない。それでも彼女たちに依頼した以上、できることはしなくてはと思う。
「……ここだな」
 口の中で呟きながらアパートを見上げる。この一階右端の部屋に、犯人である惣付潤が住んでいたらしい。あれから

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リンネの目 ⑤『事件』

リンネの目 ⑤『事件』

 翌日、失踪捜査課のデスクでパソコンに向かっていた槙の耳に「ちわーっす」と声が聞こえた。来訪者など珍しい。視線を向けると、ドアの近くに室内を見渡している男が立っていた。坊主に近い短髪で背が高い。細面で目や口に比べて鼻が大きいその顔は見慣れたものだった。
「どうされたんですか、三次さん」
 声をかけると彼は「よう」と片手を挙げた。三次は交番勤務の頃、世話になった先輩だった。警察学校での成績も優秀で、

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リンネの目 ⑥『追跡』

リンネの目 ⑥『追跡』

 アパートの前まで来て、双子は呆然とその建物を見上げていた。数日前に来たときは古いアパートだというくらいの認識しかなかったせいだろう。実際、槙自身もそのアパートの外観にあらためて驚いていた。
 入り口は記憶の通り、立ち入り禁止の柵で封鎖中。入り口の左側には錆びて変色した郵便受けが六個並んでいた。その奥には二階へ続く階段。一階の部屋へ続く廊下は階段の横を抜けて、突き当たりを右に曲がっていた。元は白か

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リンネの目 6.5『鈴音と美鈴③』

リンネの目 6.5『鈴音と美鈴③』

 リビングでテレビの音が響いている。耳障りな笑い声に鈴音は眉を寄せた。キッチンからそちらへ移動してみると、美鈴はソファに仰向けになって右腕を顔に乗せていた。眠っているのだろうか。鈴音はリモコンを手に取ると報道番組にチャンネルを変え、音量を少し下げる。そのとき小さな唸り声が聞こえた。
「起きてた?」
 声をかけると彼女はそのままの状態でわずかに頷く。
「そんなに疲れてたんなら、早く言えばよかったんだ

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リンネの目 ⑦『捜索開始』

リンネの目 ⑦『捜索開始』

 翌日、朝早くに出発した槙たちは兼村兄弟の実家があるという街へ向かっていた。しかしどういうわけか、ナビに従って車を走らせるほど周りに建物がなくなっていく。昼を過ぎた頃には、すっかり山の中に入り込んでしまった。
「……ねえマッキー。道、間違えてない?」
 後部座席で美鈴が不安そうな声をあげた。ミラーを見ると鈴音も少し不安げな様子でこちらを見ている。
「たぶん間違ってないと思うんですが」
 しかし、走

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リンネの目 ⑧『幽霊屋敷』

リンネの目 ⑧『幽霊屋敷』

 道を進んでたどり着いたのは田圃に囲まれた、のどかな地域だった。農家が並ぶ一方で、若者受けしそうなアパートが点在している。道は新しく作られたばかりのようにきれいだったが、そこを走る車は少ない。田圃から少し離れると形ばかりの商店街らしき場所もあった。そのすぐ近くには、まったく聞き覚えのない名前のコンビニが一軒だけ建っている。村の中心部だろうそこは再開発に失敗したような、そんな雰囲気の場所だった。

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リンネの目 ⑨『民宿』

リンネの目 ⑨『民宿』

 屋敷から出ると槙は沙歩を降ろした。彼女は自分の足で立つものの、やはり言葉はない。ただ、外に出たということは認識したのだろう。ぼんやりと屋敷を見つめている。明るいところで見た彼女はランドセルを背負ったままだった。服もひどく汚れ、手や顔も泥だらけになっている。
「あなたは誰ですか」
 鈴音が彼女の顔を覗きこむように腰を屈めた。やはり何も反応はない。瞬きすらほとんどしない沙歩は、まるで人形のように見え

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リンネの目 ⑩『再開発』

リンネの目 ⑩『再開発』

 夕食を終え、美鈴たちが風呂に行っている間に槙は本館へ向かった。村についての情報を集めようと思ったのだがフロントに人の姿はない。何人で業務をこなしているのかわからないが、おそらくスタッフの数は少ないのだろう。もしかすると坂上と守屋の二人だけかもしれない。そう思ったとき、フロントの奥から白い調理服を着た若い男が出てきた。彼は槙に気づくと愛想のよい笑みを浮かべて軽く頭を下げる。
「どうかされましたか。

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