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リンネの目 1.5『鈴音と美鈴①』

 リビングのテーブルに向かって鈴音はノートを広げていた。宿題を片付けてしまおうと思ったのだが、窓の外から聞こえてくる鈴虫の音が気になってはかどらない。ノートの上に頬杖をついて窓を眺めていると、パジャマ姿の美鈴が濡れた髪をタオルで拭きながらやってきた。
「あ、宿題してたの?」
「うん。けど、鈴虫がうるさくて進まない」
「ま、しょうがないよね。秋だし。裏、山だし」
 言いながら美鈴は窓から外を覗く。しかし、何も見えなかったのだろう。すぐに窓から離れてソファに座った。
「それにしても面白い人だったね。刑事さん」
 宿題は諦め、鈴音はノートを閉じて美鈴の隣に座るとテレビをつけた。
「刑事じゃないでしょ。それに、もう来ないんじゃない」
 鈴音は言って見たこともないドラマにチャンネルを変える。
「だよねえ。あの店のショートケーキって期間限定品だもんね。イジワルだなぁ」
「僕は面倒なことをしたくないだけだよ」
「それはわたしもそうだけどさ。でも、ちょっとかわいそうだよ」
「そうかな。こんな子供を頼みの綱にする大人なんて、ろくなもんじゃないよ」
「それはさぁ」
 わたしたちが優秀だからだよ、と美鈴はバスタオルを頭から肩へとずらした。
「あの人も言ってたじゃん、高校生の間では超有名だって」
「超、とは言ってなかったけど」
「それに、物を探すのも人を探すのも同じだよ。ねえ、ポチ」
 言って彼女は愛おしそうに足元に視線を向けると、右手で何もない空間を撫でる。
「けど、僕は不安だよ」
 美鈴は不思議そうに首を傾げた。
「ポチのこと?」
「違うよ。不安なのは――」
 美鈴のことだ、と言おうとしてやめた。言ったところで、彼女は能天気に大丈夫だと笑うのだろう。鈴音はため息をついてから「どちらにしても――」とソファの背にもたれた。
「きっともう来ないよ。来たとしても、依頼料とケーキがなきゃ受けない」
「もし持ってきたらどうする?」
「持ってくるわけないよ。そもそも、ケーキは売ってない」
 言ってから鈴音は立ち上がってバスルームへ向かう。背後でドラマのエンディング曲が流れていた。

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