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映画の感想

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#ネタバレ

恋が共同幻想だとして/坂元裕二『ファーストキス 1ST KISS』【映画感想】

恋が共同幻想だとして/坂元裕二『ファーストキス 1ST KISS』【映画感想】

脚本・坂元裕二、監督・塚原あゆ子というヒットメイカー同士の初タッグ。主演は松たか子と松村北斗(SixTONES)。事故で夫を亡くした折、タイムトラベルする術を手にした妻が、夫の死なない未来を作るために15年前・2009年に2人が出会った日へと戻り、手を尽くそうとする。何度となく扱われきたSF題材であり、その目的もラブストーリーとして極めてオーソドックスなものだ。

しかしそこは坂元裕二。この夫婦は

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最期は“人間”になる/吉田大八『敵』【映画感想】

最期は“人間”になる/吉田大八『敵』【映画感想】

精神科医という職業上、私は他者の歩んできた人生について訊くことが多い。特に高齢者となればその生活歴の厚さは凄まじい。そして語っている現在の当事者とその歴史のギャップに驚くこともある。認知症でかつての仕事にまだ勤めていると思い込んでいたり、配偶者を亡くし抑うつ気分で全てに無気力になったりする。過去の時間の濃さが、今の自分を揺さぶっているようにも見える。

そんな“老い”に対する不安を鋭くテーマにした

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鏡を覗く、誰かと繋がる/森井勇佑『ルート29』【映画感想】

鏡を覗く、誰かと繋がる/森井勇佑『ルート29』【映画感想】

森井勇佑監督による長編映画第2作『ルート29』が桁外れに素晴らしかった。綾瀬はるかを主演に迎え、そのバディとして前作『こちらあみ子』で主人公を演じた大沢一菜を引き続き抜擢。その意外性のある組み合わせで紡がれるのは、およそ明快さとは無縁のストレンジな幻想譚だった。

このあらすじで確かに間違いはないのだが、このプロットだけでは到底語り切ることのできないイリュージョンに満ちたシーンだらけの怪作でもある

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宇宙を抱える/荻上直子「まる」

宇宙を抱える/荻上直子「まる」

先日、広島県福山市にある「神勝寺 禅と庭のミュージアム」を訪れた。ここには「洸庭」と言う建物がある。まるで舞い降りた宇宙船のような造形で、その厳かな存在感に圧倒された。

この建物の中では、彫刻家・名和晃平によるインスタレーション作品を鑑賞できる。暗闇の中で徐々に浮かび上がる光と波によって、禅の世界を体験するというもの。得難い美しさだった。

すっかり禅への関心が生まれた折、鑑賞した映画「まる」が

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病名のつかない苦しさ/『ナミビアの砂漠』【映画感想】

病名のつかない苦しさ/『ナミビアの砂漠』【映画感想】

山中瑶子監督による映画『ナミビアの砂漠』が素晴らしかった。2人の男性を翻弄する魅力的で危うい女性の話、などと簡単に説明することは憚れる。この作品はまだ映画として表現されたことのない感覚を、主演である河合優実の爆発的な身体性を通して掴み取ろうとするような作品と言えるからだ。圧倒的な作家性と、圧倒的な役者の力が交差した衝動的で奇跡的な1本だ。

本作の素晴らしさは様々な作品で掻き回し役として消費されて

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働くことと愛すること/『ラストマイル』【映画感想】

働くことと愛すること/『ラストマイル』【映画感想】

脚本・野木亜紀子、プロデュース・新井順子、監督・塚原あゆ子による映画作品。この座組で制作されたドラマ『アンナチュラル』『MIU404』と同じ世界で繰り広げられる“シェアード・ユニバース・ムービー”と銘打たれた作品である。

結論から言えば、アベンジャーズのようなアッセンブル感はなくその点についてはやや肩透かしではあったのだが、敢えて分業化して事件を紐解くというお祭り感を抑えた工程が物語への集中度を

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罪の在る結末/濱口竜介『悪は存在しない』【映画感想】

罪の在る結末/濱口竜介『悪は存在しない』【映画感想】

濱口竜介監督による『ドライブ・マイ・カー』以来の長編映画『悪は存在しない』。その重厚な映画体験を今も反芻している。というより、あのように切断的に現実へと投げ出される結末を受け取っておきながらそうしないわけにはいかない。

緊張と緩和、長回しとぶつ切り、相反する要素を織り交ぜながら得体の知れない感情を炙り出してくる本作。全編に渡って人間の心が持つ柔らかさと不気味さの両方が喉元に突きつけられる。私なり

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また甘えられる世界へ〜『異人たち』と『異人たちとの夏』【映画感想】

また甘えられる世界へ〜『異人たち』と『異人たちとの夏』【映画感想】

山田太一の小説『異人たちとの夏』を原作とし、アンドリュー・ヘイ監督がアンドリュー・スコットを主演に迎えて映画化した『異人たち』。孤独に生きる脚本家の男がふと幼少期の住んでいた家を訪れると、そこには30年前に亡くなった両親がその時のまま生活しており、かつてのような親子としての交流を行う、というあらすじだ。

このあらすじは大林宣彦監督、風間杜夫主演による1988年の日本映画版にも共通している。今回の

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ここは無秩序な現実/アリ・アスター『ボーはおそれている』【映画感想】

ここは無秩序な現実/アリ・アスター『ボーはおそれている』【映画感想】

「へレディタリー/継承」「ミッドサマー」のアリ・アスター監督による3作目の長編映画『ボーはおそれている』。日常のささいなことで不安になる怖がりの男・ボー(ホアキン・フェニックス)が怪死した母親に会うべく、奇妙な出来事をおそれながら何とか里帰りを果たそうとするという映画だ。

本作は上記記事で監督自身が語る通り、ユダヤ人文化にある母と子の密な関係性、そして"すべては母親に原点がある"というフロイトの

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血塗られた快楽主義者たち〜「みなに幸あれ」【映画感想】

血塗られた快楽主義者たち〜「みなに幸あれ」【映画感想】

下津優太監督の初長編映画「みなに幸あれ」が示唆に富む怪作だった。本作は「第1回日本ホラー大賞」の大賞を受賞した11分の短編映画を長編へとリメイクしたもの。「呪怨」の清水崇監督が総合プロデュースを務め、Jホラー文脈による強いバックアップと先鋭的なアイデアが交差した作品と言える。

本作は「誰かの不幸の上に、誰かの幸せは成り立っている」という思想に基づいた物語が展開されていく。やりすぎなくらいの恐怖描

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倒錯の正体〜「Saltburn」【映画感想】

倒錯の正体〜「Saltburn」【映画感想】

上の令和ロマンのインタビューで高比良くるまが松井ケムリを「お金持ちの息子さん」「でも甘やかされておらず、正しい金銭感覚を持ち、そして、おおらかな精神もあわせ持つという日本最強の男」と評していたのは微笑ましかった。そしてケムリもくるまを「彼の面白さを伝えるのが役割」とM-1アナザーストーリーで話しており更に胸が熱い。大学で出会った彼らの関係性に、階級や格差を前提としたルサンチマンが見えてこなかったの

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傷と時間、そして祈り/岩井俊二「キリエのうた」

傷と時間、そして祈り/岩井俊二「キリエのうた」

岩井俊二がアイナ・ジ・エンドを主演に迎えて作り上げた映画「キリエのうた」。運命に翻弄された男女4人の物語と銘打たれた3時間の大長編だが、その核を成すのは真っ直ぐな"祈り"である。トラウマと時間にまつわる構成、そして虚構で現実を語ることの意味についてこの記事では書いていきたい。

なおこの映画には震災のシーン、また性加害のシーンがあるため鑑賞には注意されたい。こうした描写をトラウマにまつわる映画で描

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針のような痛みを見せたい/今泉力哉『アンダーカレント』

針のような痛みを見せたい/今泉力哉『アンダーカレント』

豊田徹也の漫画を今泉力哉監督が映画化した『アンダーカレント』。家業の銭湯を夫婦で営んでいたかなえ(真木よう子)は夫・悟(永山瑛太)に失踪される。そこに突然現れた堀(井浦新)とともに銭湯を続けるうちに、夫のこと、そして自らの心に隠し続けてきたことに直面していく。物語は静かに進み、じっくりと143分間をかけて心の深層/底流へと辿り着く様が紡がれていた。

かなえ、悟、堀の3人はそれぞれの理由で心の底流

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逆らい続けるということ~白石晃士「戦慄怪奇ワールド コワすぎ!」

逆らい続けるということ~白石晃士「戦慄怪奇ワールド コワすぎ!」

POV(主観撮影)形式のホラー映画で著名な白石晃士監督が、その名を広く知らしめた「コワすぎ!」シリーズの新作を劇場映画として発表した。実に前作から8年の時を経ての新作は、今観るための「コワすぎ!」というべき完成度で期待を満たして飛び越える傑作だった。"運命に逆らう"という根底メッセージをそのまま体現したような作品の精神に迫っていきたいと思う。

定石に逆らう「コワすぎ!」シリーズは「ほんとうにあっ

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