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よりぬき伝奇さん

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これまでこのnoteに掲載した記事のうち、特におすすめの作品に関するものについて、よりぬいています。
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2024年2月の記事一覧

天野純希『吉野朝残党伝』 南朝の少年兵が見た戦いの真実

天野純希『吉野朝残党伝』 南朝の少年兵が見た戦いの真実

 南北朝合一後も吉野に潜み、足利幕府に対して戦いを繰り広げてきた吉野朝(南朝)残党。本作はその吉野朝残党にいわば少年兵として加わった多聞をはじめ、様々な人々の視点から足利義教期の混沌とした世界を描く物語であります。

 馬借の下人として幼い頃からこきつかわれてきた少年・多聞。大和の山中で荷を運ぶ最中に何者かの襲撃を受け、そのどさくさに襲ってきた主を殺した彼は、襲撃者を率いる後醍醐帝の後胤・玉川宮敦

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北山猛邦『人魚姫 探偵グリムの手稿』 少年アンデルセンが挑む人魚姫後日譚の謎

北山猛邦『人魚姫 探偵グリムの手稿』 少年アンデルセンが挑む人魚姫後日譚の謎

 人間の王子を愛し、魔女の力で人間になったものの、想いは叶わず、儚く消えた人魚姫――誰もが知るアンデルセン童話「人魚姫」の後日譚として、人魚姫が愛した王子殺害事件の謎に少年時代のアンデルセン本人と人魚姫の姉、そしてグリム兄弟の末弟が挑む、奇想天外な物語です。

 父を亡くし憂鬱な日々を送る中、父の形見の人形を落としてしまった少年・ハンス。偶然知り合った画家を名乗る黒衣の青年・ルートヴィッヒと共に、

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森谷明子『千年の黙 異本源氏物語』 日本最大の物語作者の挑戦と勝利

森谷明子『千年の黙 異本源氏物語』 日本最大の物語作者の挑戦と勝利

<大河ドラマに便乗して本の紹介その1>
 今なお数多くの人を魅了する『源氏物語』。その物語の存在そのものを題材とする作品も決して少なくはありませんが、本作はその中でもユニークなものの一つでしょう。何しろ本作は、作者たる紫式部を探偵役とした――それも、源氏物語そのものにまつわる謎を解き明かす――ミステリなのですから。

 本作は、二人の主人公を――藤原香子、すなわち紫式部と、彼女に仕える女房の阿手木

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岡田鯱彦『薫大将と匂の宮』 名探偵・紫式部、宇治十帖に挑む!?

岡田鯱彦『薫大将と匂の宮』 名探偵・紫式部、宇治十帖に挑む!?

<大河ドラマに便乗して本の紹介その2>
 源氏物語のいわゆる「宇治十帖」、光源氏の子・薫大将とその親友・匂の宮を巡る物語には続編が、それも奇怪な連続殺人を描く物語があった――そんな奇想天外な着想で、しかも作者たる紫式部と、清少納言を探偵役として描かれる、時代ミステリの古典にして名品です。

 紫式部が描いた宇治十帖――それは、理想的すぎる人物として光源氏を描いてしまった反省から、より人間的な存在と

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阪口和久『小説落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』 ハードで「らしい」忍者たちの「戦い」

阪口和久『小説落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』 ハードで「らしい」忍者たちの「戦い」

 2019年に惜しまれつつも連載を終了した(アニメ版は今も絶賛放送中ですが)『落第忍者乱太郎』、その現時点で唯一の小説版であります。あの物語とキャラクターをどのように小説に……? と思えば、これが想像以上にハードなストーリー。土井先生と六年生がほとんど主役状態の大活劇です。

 今日も今日とて挑戦状を叩きつけてきたタソガレドキ城の諸泉尊奈門を、文房具を使ってあしらっていた土井先生。しかし思わぬアク

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瀬川貴次『紫式部と清少納言 二大女房大決戦』 奇妙なバディ、宮中の霊鬼に挑む!?

瀬川貴次『紫式部と清少納言 二大女房大決戦』 奇妙なバディ、宮中の霊鬼に挑む!?

 いま書店では紫式部や源氏物語、平安時代の関連書籍が様々並んでいますが、平安ホラーコメディの名手が送る本作もその一つ。彰子の女房として出仕した紫式部が、宮中で皇后・定子の霊鬼騒動に巻き込まれ、そこに清少納言が参戦――と、副題通りの、そしてそれにとどまらない快作です。

 源氏物語でその筆名を上げたものの、故あって執筆を中断していた紫式部。しかし中宮・彰子の女房として宮中に招かれた彼女は、彰子の父の

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三上延『百鬼園事件帖』 まだ何者でもない内田百閒が挑む謎と恐怖

三上延『百鬼園事件帖』 まだ何者でもない内田百閒が挑む謎と恐怖

 『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズで知られる三上延が、内田百閒を題材に描くホラーミステリ(しかしその実、結構ストレートなホラー)であります。

 昭和六年の冬の晩、いきつけの神楽坂の喫茶店・千鳥で、自分の通う大学のドイツ語教授・内田榮造と出くわした大学生・甘木。成り行きから内田とテーブルを囲むことになった彼は、店を出た後で、内田の背広と自分の背広をを取り違えていたことに気付きます。とりあえず内

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瀬川貴次『もののけ寺の白菊丸』 稚児と白い獣の危うい綺譚

瀬川貴次『もののけ寺の白菊丸』 稚児と白い獣の危うい綺譚

 平安ホラーコメディの名手・瀬川貴次の新作は、とある曰く付きの山寺を舞台に、実母から引き離されて稚児となった少年・白菊丸の姿を描く綺譚。物の怪の骸が納められているという寺の宝蔵を、ある理由から訪れた白菊丸がそこで見たものは――少年と物の怪の奇怪な交流が始まります。

 幼い頃から実母の叔父である中納言夫婦を親代わりに、屋敷の奥で育てられてきた白菊丸。しかし十二歳となった彼は、実母たちと引き離され、

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後藤竜二『野心あらためず 日高見国伝』 乱を起こすものと、それに屈せず歩み続けることと

後藤竜二『野心あらためず 日高見国伝』 乱を起こすものと、それに屈せず歩み続けることと

 数々の作品を残してきた児童文学者・後藤竜二が、いわゆる宝亀の乱を題材にし、野間児童文芸賞を受賞した名作であります。かつて大和の人々に奪われた日高見の地に帰還した少年・アビを通じて描かれる、蝦夷と大和の人々の姿とは……

 代々暮らしてきた日高見の地を奪われた末、父は殺され、母は流刑の途中に自分を産んで亡くなった少年アビ。親代わりの老人・オンガと共に流刑地を逃亡し、鮫狩りとして暮らしていた彼は、密

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