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よりぬき伝奇さん

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これまでこのnoteに掲載した記事のうち、特におすすめの作品に関するものについて、よりぬいています。
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馬伯庸『両京十五日 Ⅰ 凶兆』 南京から北京へ、決死行を描く「歴史冒険小説」の傑作

馬伯庸『両京十五日 Ⅰ 凶兆』 南京から北京へ、決死行を描く「歴史冒険小説」の傑作

  記念すべきハヤカワ・ミステリ2000番は、『長安二十四時』『三国機密』の原作者による、歴史冒険小説の傑作。十五世紀の明を舞台に、皇位を狙う巨大な陰謀に巻き込まれた皇太子が、たった三人の仲間と共に南京から北京までわずか十五日間で向かう姿を描く、一大スペクタクルです。

 時は1425年、明の第四代皇帝・洪煕帝の時代――北平(北京)から金陵(南京)への遷都が計画される中、南京に遣わされた皇太子・朱

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白川尚史『ファラオの密室』 前代未聞、探偵で被害者は甦ったミイラ!?

白川尚史『ファラオの密室』 前代未聞、探偵で被害者は甦ったミイラ!?

 毎回ユニークな作品が登場する『このミステリーがすごい!』大賞、第22回の受賞作は、何と紀元前1300年代後半の古代エジプトが舞台。それも探偵にして被害者は、自分が死んでミイラとなりながらも、冥界から再び甦った男という、異色中の異色作です。



 ある出来事で命を落とし、ミイラにされて葬られた上級神官書記のセティ。しかし冥界に赴き、真実を司る神・マアトによって審判を受ける直前になって、彼は心臓

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『歴屍物語集成 畏怖』 歴史の中でのゾンビと人間を描く気鋭のアンソロジー

『歴屍物語集成 畏怖』 歴史の中でのゾンビと人間を描く気鋭のアンソロジー


はじめに 様々な作家と作品に巡り会えるアンソロジーという形式は胸がときめくものですが、それが現在の、そしてこれからの歴史小説を背負う面々の作品集とくれば見逃せません。それもテーマがゾンビ、つまり生ける屍者の物語とくればなおさら!

 そんな本書に参加しているのは、矢野隆・天野純希・西條奈加・蝉谷めぐ美・澤田瞳子――いずれもデビュー十数年、蝉谷めぐ実に至ってはわずか四年という気鋭のメンバー。それぞ

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ゾンビ時代小説まとめ


はじめに 『歴屍物語集成 畏怖』が発売されたこともあり、ここで自分のとこのブログでこれまでに取り上げたゾンビ時代小説を振り返ってみるのもそれなりに有益(?)かな、ということで、ゾンビ時代小説に関する過去記事まとめです。

 正直なところ、自分のブログの過去記事のまとめというのは気が引けるものがありますが、そこそこ長期間運営しているからにはそれなりの蓄積があるもの。少なくとも長編についてはこれまで

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小説として、歌舞伎の原作として 京極夏彦『狐花 葉不見冥府路行』

小説として、歌舞伎の原作として 京極夏彦『狐花 葉不見冥府路行』

 先日観劇した新作歌舞伎『狐花 葉不見冥府路行』――その原作として刊行されたものがこの小説版となります。もちろん歌舞伎とは独立した作品として楽しむことができる一冊ですが、ここでは可能な限りネタばらしに注意しつつ、歌舞伎との比較も含めて紹介したいと思います。

 ある日垣間見た美青年に心奪われた作事奉行・上月監物の一人娘・雪乃。しかし彼女付きの女中・お葉は、その美青年――萩之介の姿に衝撃を受け、寝付

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最強コワモテ(猫好き)、わらしべ長者にチャレンジ!? 輪渡颯介『藁化け 古道具屋 皆塵堂』

最強コワモテ(猫好き)、わらしべ長者にチャレンジ!? 輪渡颯介『藁化け 古道具屋 皆塵堂』

 『古道具屋 皆塵堂』シリーズ通算第十三弾となる本作の主人公となるのは、シリーズ最凶のコワモテにして猫好きのあの男・巳之助。その巳之助が恋を叶えるべく、なぜかわらしべ長者にチャレンジすることになります。しかしその出発点が呪いの藁人形なのが皆塵堂らしいところです。果たして巳之助の運命やいかに!?

 ある日、子猫たちがたむろっていた祠から彼らが姿を消したことに気付いた巳之助。その祠の中に不審な品が残

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歴史小説的文法で描く、『モノノ怪』ヒロインの「強さ」と「弱さ」 仁木英之『モノノ怪 鬼』

歴史小説的文法で描く、『モノノ怪』ヒロインの「強さ」と「弱さ」 仁木英之『モノノ怪 鬼』

 新作劇場版が公開され、大ヒットしたのも記憶に新しい『モノノ怪』。その『モノノ怪』の完全新作ノベル――仁木英之によるスピンオフ小説の第二弾です。今回の舞台は、戦国時代末期、九州平定を狙う島津家に抗う人々が暮らす地・玖珠。そこに現れる四つのモノノ怪を巡る、連作スタイルの長編です。

 時は1580年代後半、九州で大きな勢力を誇っていた大友家が島津家に耳川で惨敗して数年。以降、九州制覇を目論む島津家は

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武内涼『不死鬼 源平妖乱』 超伝奇! 平安に跳梁する吸血鬼

武内涼『不死鬼 源平妖乱』 超伝奇! 平安に跳梁する吸血鬼

 いま最も内容の濃い時代伝奇小説を描く作家の一人である武内涼。その作者初の平安もの――そして吸血鬼ものであります。平安末期の京の闇に潜む血吸鬼「殺生鬼」と、彼らに大切な人々を奪われた静と源義経、二人の主人公が死闘を繰り広げる、直球ど真ん中の超伝奇活劇です。

 古代に遙かスキタイで生まれ、大陸を渡り日本に至った、血を吸う者たち――彼らは人と同じような暮らしを送り人は殺さない不殺生鬼と、人の血しか飲

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赤神諒『神遊の城』 甲賀鈎の陣に翔る驚天動地の忍法、そして自由と秩序の物語

赤神諒『神遊の城』 甲賀鈎の陣に翔る驚天動地の忍法、そして自由と秩序の物語

 大友家を題材とした作品を矢継ぎ早に送り出して斯界の注目を集めた赤神諒が、室町時代を舞台に、忍者を題材として描いたのが本作『神遊の城』――いわゆる甲賀鈎の陣を舞台としつつ、驚天動地の忍術を描いてみせた奇想天外な物語です。

 応仁の乱の混乱冷めやらぬ中、九代将軍義尚が六角高頼討伐のために近江に親征した長享の乱。大軍を率いた義尚の慢心、そしてそれと裏腹の諸将の志気の低下等により、勢力では遙かに勝るは

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天野純希『吉野朝残党伝』 南朝の少年兵が見た戦いの真実

天野純希『吉野朝残党伝』 南朝の少年兵が見た戦いの真実

 南北朝合一後も吉野に潜み、足利幕府に対して戦いを繰り広げてきた吉野朝(南朝)残党。本作はその吉野朝残党にいわば少年兵として加わった多聞をはじめ、様々な人々の視点から足利義教期の混沌とした世界を描く物語であります。

 馬借の下人として幼い頃からこきつかわれてきた少年・多聞。大和の山中で荷を運ぶ最中に何者かの襲撃を受け、そのどさくさに襲ってきた主を殺した彼は、襲撃者を率いる後醍醐帝の後胤・玉川宮敦

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北山猛邦『人魚姫 探偵グリムの手稿』 少年アンデルセンが挑む人魚姫後日譚の謎

北山猛邦『人魚姫 探偵グリムの手稿』 少年アンデルセンが挑む人魚姫後日譚の謎

 人間の王子を愛し、魔女の力で人間になったものの、想いは叶わず、儚く消えた人魚姫――誰もが知るアンデルセン童話「人魚姫」の後日譚として、人魚姫が愛した王子殺害事件の謎に少年時代のアンデルセン本人と人魚姫の姉、そしてグリム兄弟の末弟が挑む、奇想天外な物語です。

 父を亡くし憂鬱な日々を送る中、父の形見の人形を落としてしまった少年・ハンス。偶然知り合った画家を名乗る黒衣の青年・ルートヴィッヒと共に、

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森谷明子『千年の黙 異本源氏物語』 日本最大の物語作者の挑戦と勝利

森谷明子『千年の黙 異本源氏物語』 日本最大の物語作者の挑戦と勝利

<大河ドラマに便乗して本の紹介その1>
 今なお数多くの人を魅了する『源氏物語』。その物語の存在そのものを題材とする作品も決して少なくはありませんが、本作はその中でもユニークなものの一つでしょう。何しろ本作は、作者たる紫式部を探偵役とした――それも、源氏物語そのものにまつわる謎を解き明かす――ミステリなのですから。

 本作は、二人の主人公を――藤原香子、すなわち紫式部と、彼女に仕える女房の阿手木

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岡田鯱彦『薫大将と匂の宮』 名探偵・紫式部、宇治十帖に挑む!?

岡田鯱彦『薫大将と匂の宮』 名探偵・紫式部、宇治十帖に挑む!?

<大河ドラマに便乗して本の紹介その2>
 源氏物語のいわゆる「宇治十帖」、光源氏の子・薫大将とその親友・匂の宮を巡る物語には続編が、それも奇怪な連続殺人を描く物語があった――そんな奇想天外な着想で、しかも作者たる紫式部と、清少納言を探偵役として描かれる、時代ミステリの古典にして名品です。

 紫式部が描いた宇治十帖――それは、理想的すぎる人物として光源氏を描いてしまった反省から、より人間的な存在と

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阪口和久『小説落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』 ハードで「らしい」忍者たちの「戦い」

阪口和久『小説落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』 ハードで「らしい」忍者たちの「戦い」

 2019年に惜しまれつつも連載を終了した(アニメ版は今も絶賛放送中ですが)『落第忍者乱太郎』、その現時点で唯一の小説版であります。あの物語とキャラクターをどのように小説に……? と思えば、これが想像以上にハードなストーリー。土井先生と六年生がほとんど主役状態の大活劇です。

 今日も今日とて挑戦状を叩きつけてきたタソガレドキ城の諸泉尊奈門を、文房具を使ってあしらっていた土井先生。しかし思わぬアク

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