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詩作習作

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2024年4月の記事一覧

四月二十二日 心配

ずっと心配してる
その角で自転車にぶつかったらどうしよう
鍵を閉じ込めてしまったらどうしよう
正反対の言葉が口から出てしまったら
もし明日の朝目覚めなかったら

どうする?

この足が歩道から外れてしまったり
明日大雨が降って町ごと流されたり
信じたものが悪の組織だったり
私の家族は実は存在しなかったり

そしたら、どうする?

親のない燕
子をなくした母猫
脚が一本余分な蛙

私の前を横切って行

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四月二十一日 五行歌 傘

過去十日
私と会った十の人たち
十の人に食べられた
結果の出涸らしが
この私。

あなたに会って
あなたを好きになり
あなたを通して出会ったそれも
また好きになること
そういう食物連鎖の底辺にありたい

身体からの
信号が途絶えて
「私」は一人になった
身体が一人で泣いているのを
見ている「私」

しばらくは
お付き合い願いますと
間も無く来る別れが振る手を
見ないように
気付かぬように

四月二十日 春の口の五行歌

春の口のことである。

のどけき光の未だ落ち着かぬ頃
花弁のひとひら落ちて
残りの花蕾が崩れてゆれる
そんなにも長いこと
一人きりでいるなど夢にも及ばず

木と汗と
土と油の姦しさ
青空の澄まし顔を恨みつつ
変わらぬことの有り難さよ
首を垂れて、春愛おしむ

ささくれた指先の
焦がれること請うことを
許さぬそれがもう一度鳴く
潮の匂いの
恋しさだけを

四月十九日 芍薬は待ってはくれない

四月十九日 芍薬は待ってはくれない

ぱき、ぱち、ぱちり。

物言わぬ花と言うけれど、それはそのはず口を切り取られてるんだもの、花の顔ってどこにあるのか、考えたことはおありかしら、ほらあの公園をご覧なさい、犬と子犬とがじゃれ合っているよ、お尻を嗅ぎ合っている、人間と犬とは親戚かしら、始終私達の股座に、嬉しげに鼻を寄せたりするでしょう、大食漢の花なれば、根こそぎ抜かれたあの日から、飢えて死ぬは決まりごと、はははは植えて死ぬでもいいわ、私

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四月十八日 自転

人生ってこんなもの
晴れ間が差したと思えば雹が降る
手にしたものは色褪せる
信じてたものには裏切られ
確かなものが夢になる

消えないシミのよう
一度心に差した影
治りの悪い風邪のように
何度も何度もぶりかえす
大丈夫なふりがサマになった大丈夫じゃない私

捨てたもんじゃないと思える
笑っている時
下らないとしか思えない
私の笑った顔を見た時
なにもなにも、取るに足らない人生だった

幸せの瞬間は

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四月十七日 未練

別れ際に
必ず二度振り返る彼らを
雀は見ている

二度振り返って手を振り合った後
一方だけがもう一度振り返るのを
雀は知っている

振り返らなかったもう一人が
じっと振り返らずにいるのを
雀は見守っている

そして彼が
角を曲がる時にそっと、こちらを見やるのを
雀だけが知っている

いつか、どちらかが二回振り返らなかった時
一つの時代が終わる

その瞬間を固唾を飲んで待っている。

四月十五日 枯れない花

少しずつかつての習いを無くすこと
少しずつ何を見て何を考えているかわからなくなること
少しずつ、今日どんな気分か思い至らなくなること

それを別れというのだ。

少しずつ、君の知らない私が増えていくこと
少しずつ、日々の何気ない出来事を忘れること
少しずつ、今幸せか不幸せかも知れなくなること

それを離別というのだ。

昔あんなにも重荷だった君の不幸せな感情を
今は知ることもできないことが
少し寂

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四月十四日 やがて夏は来ぬ

石灰岩の下に
夏が眠っている
長い冬のわずかな日光を吸って
その中に夏が眠る

海岸松の木漏れ日に
夏が遊んでいる
熱波の到着を待つ間
ジョウビタキと戯れる

灌木の下に
夏が潜んでいる
むせ返るその温かさで
シスタスの薫りを弄ぶ

全ては、午睡の沈黙の中で、
息を潜めて、静かだ。

その静けさの向こう側で
夏が大きく伸びをする。

廃墟、
崩れた橋、
古い教会、
錆びた要塞、

そういうものを気

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四月十三日 彼女たちのこと

人見知りで
心配性で
神経質なあの子

それなのに彼女が人前で踊ったから
みんな
口さがなく批判したものだ

人嫌いで
喧嘩ばかりして
考え事に耽っているあの子

それなのに彼女が大人しいあの子と笑っていたから
みんな
大人しいあの子を問い詰めたものだ

引っ込み思案で
一言も話さず
指一本も動かさずじっとしているあの子

それなのに彼女が見事に泳ぐから
みんな
あの埠頭は呪われていると噂したのだ

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四月十二日 生きたがる脳の歌

目を瞑るのが惜しいと思える世界に生まれて
耳を塞ぐのが惜しいと思える世界に生まれて

物を言わぬあなたと歩く丘の上は
こんなにも美しい

囀りしかしらぬあなたと過ごす朝は
こんなにも穏やかだ

血と皮と骨だけで私が出来ていたのなら
きっと私もそれらと一つに

私がここを立ち去った後
脳みそだけがちょこんと残される、
そんな光景を夢見ながら

そんな光景を夢見ながら

目を瞑るのも辛いそんな世界に生

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四月十日 自由律短歌

掌を壁に
足首を曲げ腹が宙吊り
肩甲骨が浮かび上がって
空に届いた

膝が肘に
瞼が胸に
踵が宙に
背中が地面と語り合って
血が呼吸の目の前で止まる

梨状筋の
身体の重さから逃れたようなのが
美味い美味いと舌鼓を打つ

如何様にも腹を
据えていようとこの私の
神様はまだ喉仏におれり

尾骶骨
触ればその昔の母様を
思い出しもし
恨みもし

四月九日 春を担ぐ

肌寒い宵闇を駆け抜ける
フードを被った若い声

電車の窓の向こう
黒々とした寝起きの田んぼに
春が訪れ水緩む

鈴懸の木の
てっぺんの方に
久しく見ない緑が芽吹く
建物の影を免れたその一房に

花びらが、種子が綿毛が
ポケットに潜んで旅をする
気付かぬよう気づかれぬように息を潜めて

肌寒さを無視するように
夜影に紛れた若い声

一つ一つの足音が
春を担ぐ
春を担う
一つ一つの呼吸が
春を担ぐ

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