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#随筆
「鯉」火野葦平著(講談社文芸文庫『自然と人間』所収)火野葦平著:図書館司書の短編小説紹介
筑後川で鯉を素手で捕まえ、それを見世物にしている名人があった。
土地の大地主である佐々木の旦那が、小さな頃から水練と漁が好きだった彼の技術を職にまで引き上げてくれたのだ。
そのお蔭で彼は、死んだ父の借金を返し、家族を養うこともできた。
戦前の観客は、趣味人や数寄者といった裕福な人が多く、彼は誇りを持って漁をしていた。
けれど、戦時中は威張りかえった軍人や役人の観覧に供せられ、そこに言語を
「人形」小林秀雄著(文春文庫『考えるヒント』所収):図書館司書の短編小説紹介
本作は、ほんの三ページの小随筆に過ぎないのだけれど、もっとずっと長い、上質の小説を読んだ時のように、余韻がいつまでも胸にこだまし続ける作品だ。
著者が、急行の食堂車で遅い夕食を食べていた時のことだ。四人掛けのテーブルの前の空席に、「六十恰好の、上品な老人夫婦が腰をおろした」。
その夫人は食事の間、垢染みた顔の人形を横抱きにし、「はこばれたスープを一匙すくっては、まず人形の口元に持って行き
「夏のアルバム」(講談社文庫『随筆集春の夜航』所収)三浦哲郎著 :図書館司書の短編小説紹介
本作は短編小説ではなく随筆なので、短編小説案内としては番外編となるのだけれど、一読してふと思い出されることがあった。
この小文の中で著者は、幼い時に祖母が亡くなった折、棺桶の中に向かって笑顔を送った、と書いている。
こちらが笑い掛ければ、白い花の中の祖母も目を覚ますだろうと考えたのだ。
幼さのために時宜を得ず、場違いな行動をとってしまったことは、おそらく誰にも経験があると思う。
そし