【分野別音楽史】#12-4 電子音楽やクラブミュージックなどの歴史(00年代~10年代前半)
『分野別音楽史』のシリーズです。
良ければ是非シリーズ通してお読みください。
21世紀のクラブミュージックにおいて大きなキーワードとなるのがEDMです。今回はEDM発生前夜の00年代前半~中盤のようすから、00年代末~10年代前半のEDMブームまでを追っていきます。
◉トランスの人気
90年代に多様なサブジャンルが花開いたクラブミュージックは大きく分けると、4つ打ちのハウスミュージック系と、非4つ打ちのドラムンベースなどの系譜に大別できました。
ハウスミュージック系では特にオランダ発祥のダッチトランスが2000年代に入り勢いを増していきました。トランスの代表的なDJ・ティエストは、2001年にボーカリストをゲストに迎えた自身のアルバムをリリースし、人気を博します。
エモーショナルなダンストラックにボーカルを乗ったサウンドは、後にEDM(エレクトロ・ダンス・ミュージック)と呼ばれようになるジャンルの先駆的な存在として位置付けられています。
2004年のアテネオリンピックのオープニングセレモニーでは、史上初めてDJとしてパフォーマンスを披露するなど、ヨーロッパで絶大な支持を得る存在となっていたのでした。
ティエストに並ぶダッチトランスの代表的DJとなったアーミン・バン・ブーレンらも活躍を続け、ヨーロッパのクラブシーンは勢いを増します。
こういったサウンドに呼応するように、トランス以外の分野においてもエレクトロサウンドのカラーが強まっていきました。
90年代から00年代にかけて、一気にPCによる制作が主流となり、多くのシンセサイザーやエフェクターのプラグインをインサートできるようになったことも相まって、このような傾向が強まったのです。
◉エレクトロクラッシュ~フレンチエレクトロ
2000年代前半には、1980年代の音楽であるニュー・ウェイヴ、ポストパンク、シンセポップ等を、90年代に発達したハウスミュージックの概念で再解釈する「エレクトロクラッシュ」というムーブメントが起きていました。
DJヘル、フィッシャースプーナー、ミス・キティン・アンド・ザ・ハッカー、ティガ、ヴィタリック、LCDサウンドシステム、フリーズポップなどが代表的です。
このような、ポストパンク・ニューウェイブの電子音楽的な更新が日本では「テクノポップ」「テクノ」という名前で認知されているのではないでしょうか。(クラブミュージックとしての「テクノ」と意味がずれているので注意が必要です。)
こういったエレクトロクラッシュやシンセポップの要素が、ハウスミュージック、特にテックハウスの分野と融合していって発生したのが、エレクトロハウスです。エレクトロハウスは、ハウスの中でもハードな一分野であるとされ、2000年代中盤から人気が高まっていきました。
エレクトロハウスはまず、フランスのフレンチハウスからの流れとしてフレンチ・エレクトロが発展していきました。
フレンチハウスはダフトパンクの登場以降、注目が高まっていましたが、ダフトパンクのマネージャーを務めていたペドロ・ウィンターによって2003年に設立された「エド・バンガー・レコード」から、ジャスティス、ブレイク・ポット、サンジェルマン、セバスチャン、DJメディ、カシアスなどの多くのフレンチ・エレクトロのアーティストが輩出されました。
これらのフレンチ・エレクトロは、サウンド的にはまだエレクトロクラッシュや従来のフレンチハウスの要素が残っていましたが、次第にダンスフロア向けの強烈な「エレクトロハウス」のサウンドへと昇華されていくことになります。
◉エレクトロハウス
エレクトロハウス人気のきっかけとなったのが、ベニー・ベナッシの「サティスファクション」です。そこからデッドマウス(deadmau5)やデヴィッド・ゲッタ、ジョン・ダールバックといったアーティストが台頭し、フロアライクなエレクトロハウスのサウンドが確立したのでした。
広義の「ハウスミュージック」の中で、00年代に人気となった「トランス」と「エレクトロハウス」がお互いに影響を受けながら発達し、クラブのダンスフロアで客を盛り上げさせるエンターテイメント的な性格が強まっていきました。このようなサウンドが、00年代後半にヨーロッパを飛び出して全世界を席巻していくことになり、大きくEDM(エレクトロ・ダンス・ミュージック)と呼ばれる分野へと繋がっていきます。
◉ドラムンベース/リキッドファンク
クラブミュージックの中でハウスルーツとは異なるもう一つの流れが、ブレイクビーツ系の流れです。
90年代をおさらいすると、まずレゲエの派生ジャンルとしてジャングルが生まれ、そこからドラムンベースが誕生して人気となりました。さらに極度に細分化させた強烈なビートによるドリルンベース、ブレイクコアなどの過激なサウンドへも発展していました。
一方で、2000年代には新しい動向を見せるようになります。ブレイクコアなどとは逆に、ソフトでポップな方向性へ昇華させた「リキッドファンク」というサブジャンルが誕生したのです。
ハイ・コントラスト、ダニー・バード、ロジスティクス、DJハイプ、ロンドン・エレクトリシティーらがリキッドファンクの代表的なアーティストです。
それまで、ドラムンベースはそのジャンル専門のDJにしか選曲されていませんでしたが、次第にあらゆるDJに選曲されるようになり、世界的に広まっていきました。ドラムンベースの国際化の代表的な一例としては、オーストラリアから登場したアーティスト・ペンデュラムの人気が挙げられます。ペンデュラムは2000年代後半以降、ロックとの融合を打ち出してさらに注目されました。
◉2ステップ/ダブステップ
90年代、ドラムンベースの影響を受けたブレイクビーツ系のもう一つのジャンルが、UKガラージでした。「テンポを落としたドラムンベース」と捉えられたこのジャンルから、90年代末、ハネたリズムが特徴のサブジャンルとして「2ステップガラージ」が台頭し、メインストリームでの成功を果たしました。
2ステップガラージは2000年代に入ると単体のジャンルとしては下火になりますが、よりベースを強調するスタンスをとったダブステップの誕生へとつながりました。
※注意すべきは、この段階で誕生した「ダブステップ」は、現在一般的に「ダブステップ」として知られているサウンドとは異なっています。一般的に知られているサウンドは、EDM段階になって派生した「ブロステップ」というものであり、本来はダブステップのサブジャンルであるはずでした。そのため、ブロステップがダブステップと呼ばれて世間一般に知られている状態に対して、今でも賛否の意見があります。
ブロステップではない、この時期の純粋なダブステップの代表的なアーティストは、ブリアル、アートワーク、ベンガ、スクリーム、ハッチャなどです。
このあとEDM段階に入り、4つ打ちで主流となったサウンドは大きく「ハウスミュージック系」とまとめられたのに対し、非4つ打ちのサウンドは、「ベースミュージック系」とまとめられていきます。
◉グライム
また、UKガラージや2ステップなどの流れと、ラップやヒップホップ・レゲエの要素が結合したグライムというジャンルも2000年代にイギリスで生まれ、若者の間でとても人気となりました。
ディジー・ラスカル、スパンク・ロック、スケプタ、ボーイ・ベター・ノウなどが代表的なアーティストです。
ヒップホップとしても捉えることのできそうなサウンドですが、アメリカのヒップホップの本流とは異なるシーンで発達しており、ビートの面でもUKのクラブシーンのリズムが取り入れられていて、アーティストも「ラッパー」ではなく「グライムMC」と呼ばれるなど、異なるジャンルとして存在していたようです。
ただ、このようなUKヒップホップとも言うべきスタイルは、この後アメリカのヒップホップで「ドリルミュージック」と呼ばれるジャンルに発展するなど、関連も深い分野とも言えます。
◉00年代末~10年代前半「EDMブーム」到来
このように、ヨーロッパで発達していたクラブミュージックですが、アメリカでは全く認知されていませんでした。そこで、ヨーロッパのDJたちはアメリカ進出の足掛かりとして、アメリカのR&BシンガーやHIPHOPのラッパーをフィーチャリングした楽曲を発表しはじめます。
なかでも、R&Bシンガーのケリー・ローランドをフィーチャリングした、デヴィッド・ゲッタの「When Love Takes Over」や、ヒップホップグループのブラック・アイド・ピーズをフィーチャリングした「I Gotta Feeling」などが世界的大ヒットとなり、様々なクラブで流されるようになりました。
アシッドハウス以来のレイヴカルチャーに対する規制によってドラッグなどの悪いイメージが続いていたクラブ文化ですが、こうしたエレクトロハウスのヒットをきっかけとして健全かつ大衆向けなものとしてメインストリームに浮上し、危ないイメージは薄れ、若者に流行しはじめました。
また、ダッチトランスの代表的DJであったティエストやアーミン・ヴァン・ブーレンもこの流れに乗り、より派手なサウンドを志向するようになっていきました。
こうして、アメリカで一気に火が付き始めたこのようなサウンドは「エレクトリック・ダンス・ミュージック」略して「EDM」と呼ばれるようになります。それまではひたすら細分化が進んでいたクラブミュージックが、このEDMというシンボリックワードに一気に飲み込まれていったのです。
EDMは特に2009年頃から世界を席巻し始め、2010年代前半のサウンドを象徴するものとなりました。マイアミで「ウルトラ・ミュージック・フェスティバル」などといった大型フェスティバルが開かれるようになるなど、一大ムーブメントとなります。
大きくクラブミュージックとしては、90年代に派生した様々なサブジャンルの中でミニマルテクノやディープハウスのようなストイックなサウンドも並存していましたが、EDMは大型フェスティバルや大箱のナイトクラブのダンスフロアを熱狂させるためのダイナミックなものが人気となり、特にそのような意味を込めてEDMの典型的なサウンドは「ビッグルーム」というジャンルで呼ばれました。
EDMは、サブジャンルで言うとトランス、エレクトロハウス、プログレッシブハウスなどを中心に発展していきました。
スウェディッシュ・ハウス・マフィア、カルヴィン・ハリス、LMFAO、アフロジャックといった人気DJやプロデューサー、DJユニットが台頭し、時に人気R&Bシンガーを迎えて楽曲をヒットさせていきました。
アヴィーチーはEDMをカントリーやフォークとも接続して絶大な人気を得ました。
オランダ出身のニッキー・ロメロも、デヴィッド・ゲッタやティエスト、カルヴィン・ハリスに認められるほどのトップ人気のDJとなり、アヴィーチーとコラボした楽曲も話題となりました。
大箱向けのEDMサウンドでありながらメロディアスでポップなサウンドで人気を獲得したDJがゼッドです。
他に、KSHMR、ハードウェル、W&W、カスケード、エリック・プライズ、ショーテック、ディサイブルズ、ディミトリー・ヴェガス&ライク・マイク、ケーズ、アレッソ、アラン・ウォーカー、マーティン・ギャリックス、スティーヴ・アオキ、アバヴ&ビヨンド、ポール・ヴァン・ダイク、キャメルファット、ギャランティス、ポーター・ロビンソンといったDJやプロデューサーらがビッグルーム系のEDMの重要アーティストになります。
◉R&B/ポップシーン視点での「EDMブーム」
DJを中心に紹介してきましたが、ここでR&Bからの流れを持った視点で、シンガーを中心にも見てみます。
R&Bシーンはそれまで、ヒップホップ系のビートを用いて、ソウルと同じような構成でゆったりと歌い上げる形が主流でした。ところが、EDMのDJやプロデューサーとR&Bシンガーとのコラボの流れが起きたことから、ポップミュージックシーンは一気にフロア志向のダンスサウンドが強まったのです。
しばらくの間バラード路線やヒップホップ路線といった空気感が漂っていた時期を過ぎ、80年代のマイケル・ジャクソン以来の華やかなポップ・スターが続々と誕生する時代を再び迎えました。
レディー・ガガ、リアーナ、ケイティ・ペリー、アウル・シティ、ニッキー・ミナージュ、カーリー・レイジェプセン、アイコナ・ポップ、ピットブル、クリス・ブラウンといった人々が、歌唱力を武器に、EDMサウンドに則った数々のヒット曲を放出していきました。
このようなサウンドに並んで、EDMサウンドに限らないヒットソングを放出してポップ・スターの仲間入りをした人々として、テイラー・スウィフトやアデル、ブルーノ・マーズらも挙げられるのではないでしょうか。
※こういった「ヒットチャート」を席巻したサウンドは、21世紀の音楽を考える上で重要な存在であるはずなのに、メインストリームであるが故に、逆にサブカルチャー的なロック史などにはなかなか位置付けにくく、触れられない分野となってしまっていることが、筆者は問題だと感じます。
また、コブラ・スターシップなどのポップパンク・パワーポップ・シンセポップといったジャンルを名乗るロックバンドでも、EDMブームに対応したようなエレクトロサウンドが作られる例も見られました。
◉ダブステップ(ブロステップ)
さてクラブミュージックには、ハウスミュージックの流れとは別に、ドラムンベースやUKガラージ、ダブステップといった"非4つ打ち"のクラブミュージックの系譜も存在しています。こちらもEDM人気の波に乗ってサウンドが強烈化していきました。その筆頭が、ダブステップのサブジャンルとして登場した「ブロステップ」です。
イギリスのプロデューサー「ラスコ」によって生み出され、2010年にデビューしたアメリカのプロデューサー「スクリレックス」のヒットによって一大人気ジャンルとなったといわれています。
ブロステップは「ワブルベース」という唸るようなベースが特徴で、従来の内省的なダブステップに比べて中音域を強調する電子音も多用されました。このような攻撃的なサウンドが一般的に「ダブステップ」として認知されてしまったため、真逆の性質を持つ従来のディープなダブステップを好んでいた層ほど、このブロステップを嫌う傾向にあるようです。
ラスコ、スクリレックスのほかに、ナイフパーティー、キル・ザ・ノイズ、シックドープ、ゾンボーイ、クルーウェラ、ジャックUなどがダブステップ(ブロステップ)の代表的なアーティストです。
◉エレクトロニカとインディー・ロック
ロック史の記事でも触れた通り、21世紀に入ってからはロックバンドもエレクトロサウンドを導入するのが普通となりました。特にイギリスのバンド・レディオヘッドが2000年ちょうどに発表して賛否両論を巻き起こした傑作アルバム『キッドA』を皮切りに、ロックバンドとエレクトロニカの接近が顕著となっていきました。
また、90年代からエレクトロニカやIDMと呼ばれていた実験的電子音楽の分野でも、派生してフォークのようなサンプリングを用いた「フォークトロニカ」という分野も生まれるなど、独自の発達をしていました。
フォーテット、ティコ、ビビオなどがこの時期のエレクトロニカやフォークトロニカといった分野で活躍した代表的なアーティストです。
こういったサウンドに呼応するように、00年代以降特にアメリカのインディー・ロック・シーンでは、シンセサイザーを取り入れたサイケデリックで実験的なエレクトロニカ風味のサウンドが中心となっていました。MGMTやザ・キラーズ、パッション・ピットなどのバンドがこの説明に当てはまるバンド群だといえます。さらにカナダのインディー・ロックバンド、アーケイドファイアもそのようなサウンドの例として挙げられるでしょう。
このようなローファイ寄りなサウンドは、フロアライクなビッグルームのEDMが主流だった当時はアンダーグラウンドなものでしたが、EDMブームが落ち着いた2010年代後半以降~2020年代現在になると、ヒップホップやR&Bからロックバンド、そしてポップシーンまでを包括してサウンドの新たなトレンドとなっていき、見逃せない潮流となっていきます。