鳴海 碧(なるうみ・あお)

自称・恋愛小説家。裏の顔・建築系プロジェクトマネジャー。性別・女性。雑文も書いています。

鳴海 碧(なるうみ・あお)

自称・恋愛小説家。裏の顔・建築系プロジェクトマネジャー。性別・女性。雑文も書いています。

マガジン

  • 『短編 仔猫シリーズ』photo by lemonysnow

    吉祥寺のとあるバーを舞台にした、マスターと仔猫の物語。不定期連載中。

  • 『早春賦』photo by seikoala

    【創作大賞2024 恋愛小説部門 応募作】 俺の人生は、どうせ死ぬまで雪に閉ざされる。でも、お前には、必ず春が来ますように。俺の分もたくさん芽吹いて、たくさん花を咲かせますように……    北新地のバーで働く若葉は、少女時代に大切な人を失い、絶望的な寂しさを抱えて生きている。 暗い過去を引きずり、周囲に心を閉ざしながらも、若葉のことを実の娘のように気にかけている、中年バーテンダーのモクさん(惣一郎)。 おおらかで社交的なママ。ママのパトロンで、かつてモクさんの母親を愛人にしていたスーさん(親父さん)。 この二人もまた、ある罪の意識に苦しんでいる。 心に傷を負い、冷たい雪に閉ざされた四人が、早春の移ろいを経て、本格的な春を迎えるまでの物語。

最近の記事

仔猫シリーズ あとがき

こんばんは。お久しぶりです。鳴海  碧(なるうみ・あお)です。 この十日間、私はnoteから遠ざかり、ちょっと他のことに没頭しておりました。なので、皆様の記事を訪れる頻度もガクッと下がってしまい、どうもすみませんでした💦 さて、十日前に一旦完結した『仔猫シリーズ』。 noteの世界では小説よりもエッセイの方が人気を博す傾向にありますが、本作にたくさんのスキをいただけて、大変嬉しかったです。 がっつり読んでくださった方、サラリと眺めてくださった方、応援してくだった方、通りす

    • 短編Ⅹ | 希望の轍 2/2

      八月初旬の、定休日の夜。 俺たちは月窓寺の門前市をひやかした後、住まいのある牟礼まで、徒歩で帰った。「夜の玉川上水を歩いてみたい」と仔猫が言うので、サンロードから七井橋通り、そして井の頭公園から西園へと進んで、玉川上水沿いの緑道に入った。 玉川上水沿いの緑道は、明星学園通りを渡ったあたりから、街灯のない細道になる。民家から漏れる灯りも乏しく、ひたすら暗い。その暗がりの中を、俺と仔猫は並んで歩いた。 去年の秋の夜更け、俺はこの道を蹴躓きながら、家出した仔猫を探し回った。あの

      • 短編Ⅹ | 希望の轍 1/2

        「あれ、今日は、お嬢ちゃんはいないのかい」 店に入るなり、親父さんが言った。 「ええ、今日はやっぱり、特別なので」 俺は親父さんの酒を用意しながら答えた。 「まあ確かに、今日は特別だからな。お嬢ちゃんは、おまえのおふくろを直接知らないしな」 七月二十八日。今日は俺の母親の十七回忌だ。 毎年、母親の祥月命日には、店のドアに『CLOSE』をかけ、母親のパトロンだった親父さんと、息子だった俺の二人だけで過ごすことにしている。 十六年前の今日、俺の母親はこの店で死んだ。急

        • 短編Ⅸ | YOU 5/5

          俺は、女亭主にうまく言いくるめられただけのように思いながら、それでも、少し気持ちが楽になったように感じながら、残りのズブロッカを飲み干して席を立った。そしてドアに手をかけて外に出ようとしたところで、女亭主に呼び止められた。 「あんたさ、メソメソ悩みたいなら勝手に悩めばいいけど、勝手にお嬢ちゃんの気持ちを決めるのは止めなよ。お嬢ちゃんは、あんたの想像と全然違うことを考えてるかもしれないよ?ビビってないで、お嬢ちゃんの気持ちをちゃんと確かめてみな。どうせ、このままじゃ別れること

        マガジン

        • 『短編 仔猫シリーズ』photo by lemonysnow
          26本
        • 『早春賦』photo by seikoala
          36本

        記事

          短編Ⅸ | YOU 4/5

          東京駅から吉祥寺駅に戻って来たときには、すでに開店時間を過ぎていた。雨は夕方から本降りとなり、駅前は傘を差した人々で混雑していた。その間を縫うようにして、俺はとぼとぼと店に向かった。 三階の店の灯りが見えた時、俺はどうしてもそこに戻りたくなくて、大通りの向かい側にある女亭主の店に入った。十八時を少し過ぎたばかりとあって、客はまだ一人もいなかった。 「あら、あんたがうちの店に来るなんて珍しいね」 俺の顔を見た女亭主が、鬼瓦みたいな顔をほころばせた。俺はカウンター席に座ると

          短編Ⅸ | YOU 3/5

          仔猫が妊娠しなかったことに俺は一旦安堵したが、苦悩は更に続いた。 再び排卵期を迎えたとき、俺は仔猫と身体を重ねながら、何気ない素振りで「今日はどうする?」と訊ねた。 仔猫は目を閉じ、身体をこわばらせながら「…つけて」と答えた。 俺は「わかった」と答え、そのあとは、いつも通りに振舞った。 いつも通りに振舞いながら、心中は穏やかでなかった。 仔猫は、俺が子どもを望んでいないことに気付いたんじゃないか。 だから、避妊具をつけるように言ったんじゃないか。 俺といても妹の生まれ変

          短編Ⅸ | YOU 2/5

          俺と仔猫は、ゴールデンウィーク前の平日に中禅寺湖に行くことにした。 東武日光駅まで電車で移動し、駅前でレンタカーを借りて、中禅寺湖を目指す。そして湖畔で一泊し、翌日は日光東照宮に寄ってから帰京する。 当日は、とても良い天気になった。 吉祥寺から電車で出発し、予定通り東武日光駅前でレンタカーを借りると、仔猫がハンドルを握った。 「運転できるのか」と俺が訊くと、「私の田舎は、車がないと暮らせないもの。雪の山道も普通に走れるよ」と仔猫は答えて、サングラスをかけた。仔猫の意外な一

          短編Ⅸ | YOU 1/5

          桜の季節になった。 「そういえば、おまえと一緒に花見をしたことがなかったな」 仔猫を俺の家に引き取ってもう一年以上になるが、昨年の桜の季節はまだそこまで打ち解けていなくて、二人で出かけることはなかったように思う。俺は少し考えて、「せっかく井の頭公園の近くに店があるんだし、定休日の前の晩に店に泊まって、夜明けに桜を見に行くか」と提案した。 この季節の井の頭公園は、遠方からも花見客が押し寄せて、日中は大変な混雑だ。夜は質の悪い酔っ払いで溢れて、更に始末が悪い。その点、早朝は

          鳴海、『ライスワーク』について語る

          こんばんは。鳴海  碧(なるうみ・あお)です。 今夜も相変わらず、ヘベレケに酔っ払っております。 今日も行きつけのショットバーにたった一人で立ち寄りまして、雪国⇒ゴッドマザー⇒ボウモアというゴールデンコースを楽しんでまいりました。そして先程帰宅しまして、夫が作った蝦夷鹿のミートソーススパゲティを食し、やっとこさパソコンに向き合ったところでございます。 (鳴海家は夫婦ともに建築業でして、ほぼ同じ金額を稼いできたので、家事は当然、折半です。夕食は夫婦交代で作ります。) 現在、

          鳴海、『ライスワーク』について語る

          短編Ⅷ | 真夏の果実 2/2

          それから20分後。 お客さんは呑み慣れないウォッカで酔い潰れて、カウンターに突っ伏した。一方でマスターは、作業台に両手をついて身体を支え、うつむいたまま目を閉じていた。二人の前には、それぞれ、ショットグラスが1ダースずつ並んでいた。 私は、お客さんが急性アルコール中毒になってしまったのではないかと、気が気でなかった。私の心配を察して、マスターは目を閉じたままで言った。 「大丈夫だ。ちょっと寝かせとけば、すぐに酔いが覚めるだろう。この客に飲ませたのは、ほとんど水だからな」

          短編Ⅷ | 真夏の果実 2/2

          短編Ⅷ | 真夏の果実 1/2

          そう。それは運命の出会い。 僕は出会ってしまったんだ。 理想どおりの女の子に。 ◆ 僕は東京郊外の高級老人ホームで、コンシェルジュとして働いている。いずれはパパが経営する人材派遣会社を継ぐことになっているけど、当面はいろいろと社会勉強をする予定。 彼女は、いたり、いなかったり。まだ26歳だからそこまで焦ってないけど、そろそろ素敵な女の子と出会えないかなあ、って思ってるところ。 昨年の十月の、ある日の午後。 あくびを噛み殺しながら受付カウンターに立っていると、自動ドアが

          短編Ⅷ | 真夏の果実 1/2

          noteに関するQ&A

          こんばんは。鳴海  碧(なるうみ・あお)です。 最近、私が中毒を起こしかけているnoterさんが二人います。 それは、めぐみティコ様と、山根あきら様… なんなんでしょう、このお二人のブラックホール的な魅力は。 忖度なしの本音ベースで語っているところ、綺麗事で留まっていないところ、人間の欲求の根幹に触れているところ…が魅力なのかなあ。 少なくとも、表面だけ取り繕ってる感がゼロなんですよね。やはり、誰かの魂を揺さぶるには、「ええカッコしい」では不十分なんだなと、このお二人か

          ちょっと生々しい『母性』の話を書く

          こんにちは。鳴海  碧(なるうみ・あお)です。 本日は短編を小休止して、私自身のおどろおどろしい話を書きます。 途中で読むのが嫌になる方もおられると思いますので、どうぞご無理のない範囲でお付き合いください。 先日、『短編Ⅶ with』の中で、「動物の親は、追い詰められると子どもを食べてしまう」というエピソードを書きました。 私自身、「このエピソードをここに嵌め込むのはどうなんだろう」と躊躇しつつ、「でも、このエピソードは避けられない」と考えて書きました。 そして、書き

          ちょっと生々しい『母性』の話を書く

          短編Ⅶ | with 3/3

          市ヶ谷の老舗中華料理店で、仔猫の父親と俺は落ち合った。 注文を取りに来た店員が個室内から消えたところで、父親はカバンから白く分厚い封筒を取り出すと、おもむろに円卓の中央に置いた。そして、突然ガバッとテーブルの上にひれ伏して、「どうか、どうか、これで許してください」と俺に懇願した。 俺は意表を突かれて困惑したが、少し経って、苦い思いが喉元に込み上げてきた。 …そうか、俺のことを調べるうちに、親父さんに行き着いたか。 若い頃、俺が悪事をしでかすたびに、親父さんが奔走して揉

          短編Ⅶ | with 2/3

          「単刀直入に言うけど、お姉ちゃんには家に戻ってもらわないと困るの。お姉ちゃんはうちの跡取りだから」 コメダ珈琲店で仔猫の妹の姿を探し出し、俺が席に着くや否や、妹は俺に向かってそう言い放った。妹の前には、すでにカフェオレとシロノワールが並んでいた。 「お姉ちゃんには、婿養子を取ってもらわないと困るの。そうしてもらわないと、私が代わりにならなきゃいけなくなるんだよ」 俺はブレンドを注文し、そのあとは黙り込んだ。仔猫の妹は俺をきつく睨み、強い口調で一方的に話し続けた。 「う

          短編Ⅶ | with 1/3

          …では、本編をどうぞ。 仔猫が『一日マスター』を務めてから3日後。俺の熱がようやく下がった。 解熱直後のフワフワとした足取りで、俺は仔猫と一緒に店へと向かった。途中、仔猫が「パルコに寄っていく」と言うので、俺は仔猫を見送ってから、大通りの向かいにある女亭主の店に立ち寄った。 開店準備中のその店は、歩道に面するシャッターが半分ほど上げられていた。下から覗き込むと、ガラス扉の向こうで女亭主がカウンターを拭き清めているのが見えた。俺は身体をかがめてシャッターをくぐり、ガラス扉