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ロオトレアモン『マルドロオルの歌』青柳瑞穂訳

ロオトレアモン『マルドロオルの歌』青柳瑞穂訳

マルドロオルの歌を最初に訳したのは青柳瑞穂らしい。親本は昭和8(1933)年の刊行。

先日読んだ栗田勇訳は昭和30年代になってからの訳業なので、かなり時代が下る。

福永武彦の電子版全集19巻にも、マルドロオルの歌の抄訳が収められていて、こちらは昭和15(1940)年に雑誌「冬夏」に発表された。

青柳訳より後発ながら、旧字体の古めかしい漢語を多く交えた古文調の翻訳で他の二つとは趣をかなり違えて

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『アーキオロジーからアーキテクチャーへ』田根剛(聞き手:瀧口範子)

『アーキオロジーからアーキテクチャーへ』田根剛(聞き手:瀧口範子)

田根剛さんは若手の建築家・デザイナー。新国立競技場のコンペで最終選考に残るなど存在感ある活動をしている。

この本を読んで知ったのだけれど、2015年のフランク・ゲーリー展@21_21_デザインサイトの展示デザインも田根さん。

とても強い印象の残る展覧会でした。ゲーリー設計の神戸のフィッシュダンスやロスのウォルト・ディズニーコンサートホールを実際に観たときはテンション上がりました。

この本は田

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乙川優三郎『立秋』

乙川優三郎『立秋』

『ロゴスの市』以降、『二十五年後の読書』『この地上において私たちを満足させるもの』『潜熱』『地先』『クニオ・バンプールセン』と、作家もしくは言葉に携わる者たちの生き様を描いてきた乙川優三郎の新作もまた、主人公はものを書く男。

その男と道ならぬ関係になる女は、漆器を作る職人とくれば、乙川さんお得意の、工藝と文藝とが交錯する豊穣な世界…かと期待して読み始めたが、読み進めるにつれて、何だかこれまでの乙

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シャーロット・マクラウド編『聖なる夜の犯罪』

シャーロット・マクラウド編『聖なる夜の犯罪』

人気ミステリー作家のシャーロット・マクラウドが編集した書き下ろしアンソロジー。“当代きっての巨匠たちばかり”らしいけれど、半分も知らないのは僕の不勉強さゆえか。

きっちりした本格物から怪談めいた幻想小説(聖夜に亡霊が出るのはディッケンズの昔からのお約束だ)まで、多彩な作品が揃っていて、いかにもクリスマスらしい賑わい。

クリスマスにはミステリーがよく似合う。

同趣旨のアンソロジーで先行するもの

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梨木香歩『裏庭』

梨木香歩『裏庭』

『からくりからくさ』がとても良かったので、昔読んだ梨木さんの本を引っ張り出してきて再読しました。

初読時は『家守奇譚』を読んですごく面白かったので他の作品も読んでみようと思って手を伸ばしたのですが、あまりピンとこず、そのまま梨木さんの作品自体からも遠ざかってしまいました。

今回読み直してみて、やはりどうももう一つもどかしい感じを拭えないのは、僕がハイ・ファンタジーというジャンル自体を苦手として

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ヴァン・ダイン『僧正殺人事件』

ヴァン・ダイン『僧正殺人事件』

創元推理文庫で新訳が出ていますが、中学生の頃に買った古いのを引っ張り出して読み直しました。

いささか古めかしい訳ですが読みにくくはなく、ストーリーの面白さに一気読みでした。

童謡の見立て殺人という、ミステリの定番である形式の嚆矢であり、クリスティ『そして誰もいなくなった』に先んじること10年、まさに時代を切り拓いた傑作。

また名探偵ファイロ・ヴァンスの友人であり物語の語り手には作者と同じS.

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竹西寛子『山川登美子 現代日本のエッセイ』

竹西寛子『山川登美子 現代日本のエッセイ』

山川登美子(1879(明治12)年 - 1909(明治42)年)は、与謝野鉄幹を巡って与謝野晶子と三角関係にあった歌人らしい。

鉄幹への想いは実らず、父に強いられるような結婚をするも、その夫にも一年で死に別れ、その七年後に29歳の若さで亡くなった。

遠目に観れば幸薄い人生を歩んだと思えてしまう一人の女性だが、竹西寛子はその歌を丁寧に読み拾うことで、山川の人生の奥行きを、端正な文章で描き出してい

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梨木香歩『からくりからくさ』

梨木香歩『からくりからくさ』

フォローしているnoterのしおりさんが、志村ふくみさんの展覧会鑑賞の記事で言及されていたのが、この作品を知ったきっかけでした。

民藝の流れにある志村ふくみさんなので、この小説も、華やかさはなくとも丁寧な暮らし、を描いたものなのかなと勝手に思い込んで読んでみようと手に取りました。

作品の冒頭しばらくは、そんな思い込みを裏切らない、ゆったりとした筆致で若い女性たちの暮らしが描かれていて、表紙のイ

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竹西寛子『式子内親王 永福門院』

竹西寛子『式子内親王 永福門院』

式子内親王(1149 〜 1201、後白河院の皇女)と永福門院(1271 〜 1342、伏見天皇の皇后)二人の女性歌人の人生を、それぞれの歌を通して立ち上げてゆく試み。

単に和歌を鑑賞するというようなものではなくて、詩歌を読むという行為を通して、ここまで凄まじく詠み手の心の奥底にまで迫っていけるものなのかと、圧倒される。

とくに式子内親王のほうが竹西寛子さんの思い入れは強いのか、細やかにしかし

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小林秀雄『作家の顔』

小林秀雄『作家の顔』

小林秀雄が嫌いだ。

もちろん、書いていることは分からない。それでも、文章の隙間からにおい立ってくる個性というか性格というか人格というか、そういったものは内容が分からなくても感じられるもので、小林秀雄の文章からは、どうも鼻持ちならない、他者を見下したエリート臭ようなものが感じられてならない。

本書でも、そういうものが感じられることがないわけではないのだけれど、案外嫌な気持ちにならずに読めるのは、

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ヨン・フォッセ『だれか、来る』

ヨン・フォッセ『だれか、来る』

塩田千春の展覧会で、この『誰か、くる』の場面を描いた作品が出ていて興味を持ち、会場で購入した一冊。

一応、戯曲である。戯曲ではあるけれど、実際に舞台で上演するのはかなり難しいだろう。何も起こらない。その、何も起こらなさを生身の人間の動きで表現できるのだろうか。言葉だからこそ可能な、欠損の表現という気がする。

戯曲を読むというよりも、散文詩を読んでいる感覚に近い。リフレインの多い文章は、メロディ

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R.L.スティーヴンソン『水車小屋のウィル』

R.L.スティーヴンソン『水車小屋のウィル』

薄く短い物語なので読むのにそう時間は必要としないけれど、さっと読み流すような読み方はしたくない。そんなふうに思わせてくれる一冊。

解説で堀江敏幸が述べているように、この本の訳者・有吉新吉は一実業家であり、翻訳に関してはまったくの初心者の状態だった。

有吉が艱難辛苦を乗り越えて翻訳を成し遂げたその動機は、戦争で死んでしまった友人たちへの鎮魂と、病いで先立とうとしている令夫人の生命が少しでも長から

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辻邦生『黄金の時刻の滴り』

「もう一度、生きているこの人生のさなかから、何か〈物語〉に生命を吹き込む〈詩〉を掴みとる」(「あとがき」)という試み。

物語が、単なるストーリーに堕せず、人生をかけた一瞬の光芒として輝くその瞬間の美しさ。一篇一篇が短いがゆえに、その刹那の光の美しさも目映くて濃い。

12人の作家を取り上げて、その作家らしいフィクショナルなエピソードなども交えながら、その作家が物語に魂を注ぎ込む姿を描いて、小手先

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アドルフ・ロース『装飾と犯罪』

アドルフ・ロース『装飾と犯罪』

(タイトル画像は『ゼロからはじめる[近代建築]入門』原口秀昭、彰国社より)

タイトルは『装飾と犯罪』となっているけれど、「装飾は犯罪」というのがアドルフ・ロースの主張。ゴテゴテ飾り立てたり、イミテーションの素材を使ったりする“虚飾”を徹底的に排斥する。

そこには近代的思考(モダニズム)の徹底がある。合理的、理性的であることに何よりも価値をおくモダニスト。

コルビュジエやデル・ローエほどの知名

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