学業不振という言葉が席巻していた時期がある。不振というのが学業の競技性を象徴してると思うのだが、実にエンタメに振り切った物言いだなと当時思ったものだ。特に多感な中高のときというのは、成績が下がるとメンタル抉られる。子どもの人権とは学業の成否を過度に問われぬ事とも解して良いと思う。
政治にのめりこむ青年に告げたい。先ず今の自分にとって必要な事は何か?今自分がやるべき事は何か?自立自営出来そうか?稼ぐ事への感謝の念を感じるか?理念に走っていると自分を客観視出来るか?安倍元総理の国葬を赦せぬのも勝手、関心ないのも勝手。誰の力になれるのか今一度考えて欲しいな。
何だって受け身では良くないって学校の先生は言う。言うが、学校というシステムそのものが学生が受け身のスタンスの教育を基本としている以上、積極性を求めるのであれば、先ずは食い気味に行く見本を示さないと、学芸会やるよ~、誰か立候補して、では通用しない。先ずはコミットメントの実際を伝えよ
Amazonレビューで『綺麗に届きました。中身は読んでません。』の実用性の高低について。中身について書いていないのは、果たして意義があるレビューと言えるのか些か疑問だ。まるで高橋洋一チャンネルのコメ欄で自分の政治信条告白するユーザーと一緒やねん。
学生時代、基礎クラスと応用クラスと習熟度別にクラス分けされた経験を持つ人は多いだろう。だが、どのクラスにいるのが問題なのではない。自分で単元を押さえられるかどうかは、あくまで個人戦であると理解すべきだ。かく言う基礎クラスにいた知り合いが現に上級国立大に受かっていったのだから。
日銀の次のフェーズはインフレ目標に達した後の処理を上手くできるか?アメリカは0.75%、通常の3倍の利上げにFRBが挑むのだが、果たしてどうなるのか不透明だ。金融政策は水物でしっかりした数値目標を満たさないで、政策を恣意的に変えるのは危ない。先ずは物価が何%上昇までにするかだ。