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BGM conte vol.14 『ばらの花×ネイティブダンサー』
そのモーパッサンの青い布張りの初版本の奥付には、大正二年とあり、西暦に直せば1913年である。左下の余白には見知らぬ名が毛筆の可憐な字で小さく書かれてあった。
秋冬の連休の中日などにふと思い立って実家に顔を出すと、死んだ父の書斎に立ち入って、書棚からめぼしいものを引っ張り出してきては大時代風のカビ臭い安楽椅子に身を埋めながら読むとはなしにページを繰るうち、いつしか寝入ってしまう。そんな日は目を覚
BGM conte vol.13 《Baby Alone in Babylone》
また出たって言うよ。
誰なんだろうね。
なんなんだろうね。
街灯のあかりの届かぬたとえば植え込みの影に、細くて小さな男たちがしゃがみ込んで鳩首する。声をひそめて噂しあっている。ときおり口をふさいでひっひと淫靡な笑いを漏らす。彼らのすぐかたわらに酔漢どもは嘔吐して、饐えた匂いがあたりに立ち込める。ひとたびミーアキャットよろしく面を上げれば、かなたに聳える光の街。不夜城。
すすきの、国分町、歌舞伎
BGM conte vol.12 『カラーフィルムを忘れたのね』
「どうしたんだよ、急に帰るだなんて」
テントを張る手を休めずにぼくは言った。せっかくの行楽気分に水を差される思いだった。ハナは、また始まったと呆れ顔してミヒャエルを仰ぎ見た。彼女の手には、ナップザックから取り出されたステンレスのフォークやらスプーンやらナイフやらが何本と握られてあって、夏の陽光を贅沢に散らしていた。
ミシャーはしばしためらったあとで言葉を継いだ。
「いやね、忘れ物をしちゃったん
BGM conte vol.9 《Something》
「あの、君は……素敵だね。なんというのかな、なにか、あるんだよね。たとえばその歩き方とか……」
冷たくされても彼はどこ吹く風で、またじっと物陰に隠れて女の子たちの集団をひとしきり観察すると、ふらふらっと出て行って、そのなかの一人に声をかける。
「君は、控えめで、みんなに話を合わせる感じだけど、遠慮はいらないんじゃないかな。とっても魅力的だよ、顔がいいとか、スタイルがいいとか、そんなんじゃなくて、