FouFou

思いつくまま短編を書いています。それは瓶の中の手紙のようなもの。大海を漂って、いつか誰…

FouFou

思いつくまま短編を書いています。それは瓶の中の手紙のようなもの。大海を漂って、いつか誰かに届く。精神の友の在らんことを願って。

マガジン

  • 私家版「耳嚢」

    日常の裂け目。退屈からの解放。

  • ヴァンピールの娘たち

  • BGM contes

    音楽に触発されて生まれたコント。もしくは情景素描。

  • 航海日誌

    読書とは、本という無数の寄港地にしばし停泊するようなもの。その場合、海とは人生である。そして読書そのものもまた、凪があれば、嵐もある、難所を越えることもあれば、座礁することもあるという点で、航海に似ている。長い時間の果てに、しみじみと一冊の本について振り返るとき、それはあたかも航海日誌を記すようなものではないか。

  • 小さな物語

    尽くさぬ美学。 切り詰める美学。

最近の記事

終わりの夏 2/10

 白鷺が、舞っていた。  それ自体、取り立てていうほどのことでもないのに、今日にかぎって、どういうわけか、自分たちが子どものときに見た鳥と、それが同じ鳥のように、しきりと思われるのだった。種類が同じというのではない、個体として同一だといいたいのである。そんなはずはない、たくさんの水鳥を見てきたはずだと、自身に道理を聞かせてみたところで詮ないことで、鳥といっては、同じ個体がただひとつ、とうの昔から、ずっとそばにいるばかりだったのだと、ほとんど啓示のように、篤子は思うのだった。

    • 終わりの夏 1/10

       征郎は、手庇をすると、屋敷林の樹冠を仰ぎ見た。  空は雲ひとつなく晴れ渡り、日は中天に差しかかっていた。アブラゼミとミンミンゼミが、競い合うように鳴いている。  風もないのに、葉が一枚だけ震えやまなかったり、枝が一本しきりとおいでおいでしていたりする。それは、人ならざるものが寄越す合図だと、土地ではいわれていた。屋敷林はすっかり縮小され、往時の半分にも満たないが、それでも朝夕にヒグラシが鳴き、ヒグラシの鳴くうちは、よい林とされた。一番背の高いのがイヌグスで、トチノキ、ヤマモ

      • 「あなた、今度の日曜日、上野、行けますよね」  夏休みのイベントの一つとして、上野で開催中のデ・キリコ展へ子どもたちを連れていくという約束を、辰美は忘れたわけではなかった。駅構内に貼られたポスターを目にして以来、中学生の息子がその展示会に行きたがっているとは、妻より前々から知らされていた。まだまだ日はあると悠長に構えていたら、気がつけば八月も下旬、あと数日もすれば子どもたちの夏休みも終わるし展示会も終わるとあって、心残りでないわけはなかった。それでもいつまでも重い腰を上げない

        • 都知事選を振り返る

          なにかと話題に事欠かなかった都知事選も明けて一カ月以上が経ちました。皆さまにおかれましてはいかがお過ごしでしょうか。巷は相変わらず興奮の余波のなか醒めやらぬ夢を見続けているものでしょうか。それとも負ければ誤審だ差別だと騒ぐ心理構造にすっかり毒されて、男っぽい女(あるいは女っぽい男)を見かけ次第その背に向かってえんがちょポーズを決めて悦に入ってるのではありますまいか。はたまたウクライナはこれでもクライナとばかりにロシア国内へ侵攻したというし、イランにイランことしてイスラエルは五

        終わりの夏 2/10

        マガジン

        • 私家版「耳嚢」
          57本
        • ヴァンピールの娘たち
          6本
        • BGM contes
          19本
        • 航海日誌
          3本
        • 小さな物語
          44本
        • 東京川風景
          3本

        記事

          猫を食う人食わぬ人 3/3

           尾北は妻の具合が悪いと職場に偽ってふたたびの半休を取った。警察署へ出向いて生活安全課のフロアへ直行すると、昨日自分の訴えを聞いて調書を取った青服の取調官を窓際のデスクに見つけ、カウンターの係官の頭越しに「あの、刑事さん」と尾北は呼びかけていた。刑事という呼称が正しいかもわからぬながら、昨日は名刺の交換などしていないし、そもそも名乗られたかどうかも定かでなかった。窓際の青服の男はそれでも応じて顔を上げると、尾北を認めるなり表情をこわばらせるように見えた。やおら立ち上がり、奥へ

          猫を食う人食わぬ人 3/3

          猫を食う人食わぬ人 2/3

           その夜遅く、隣家からは死角となる建物西側の通路にシャベルで穴を掘った尾北は、さきほど届けられた「煮込み」と昨夜の赤飯とをあわせてそこへ空け、土を被せて入念に表を固めた。  翌日、尾北はそのためにわざわざ半休を取って警察署に出向いた。生活安全課に回され、映画やテレビに見る取調室のようなところへ案内された。日曜の朝に出来した異常事を誇張なく漏らさず語り、対面する取調官は調書を取りながらあからさまに顔を歪めた。それが本当なら由々しき事態です、と取調官はいった。しかるべく対処いた

          猫を食う人食わぬ人 2/3

          猫を食う人食わぬ人 1/3

           我が家の猫は世界一かわいい。  猫飼いならそう思うわけだ。  しかし人は人のうぬぼれを許さない。だから尾北は黙っている。猫を飼うのさえ公言しない。猫を愛でるのはだから彼の隠事のようなもので、猫を撫でながらそれこそ猫撫で声を発している。 「なんておまえはかわいいの。食べちゃいたいくらいかわいいねえ」  この頃は尾北が仕事から帰ると、ニャーとか細く鳴きながら足元につと寄ってくる。ピンと立てた尻尾のつけ根に見える膣口らしきが充血して濡れているのを、彼は見逃さない。8の字にまと

          猫を食う人食わぬ人 1/3

          南京虫 7/7

           トランクのなかから現れたMacBookが、赤崎が香港の会社から貸与され、のちに紛失してトラブルの原因となったそれであるかは、むろん鹿野や清田にわかろうはずがなかった。富士通のラップトップに鹿野は見覚えがあった。しかしMacBookにはなかった。十中八九、赤崎が前の会社から盗んだそれであろうと疑いながら、確信は持てなかった。  だからこそ鹿野は賭けに出た。緻密な計算が働いたなどとは到底いえない。それはほとんど直感だった。清田が原状に復そうとするのへ待ったをかけた鹿野は、敢えて

          南京虫 7/7

          南京虫 6/7

           日本の近現代文学に多少慣れ親しんだ者なら、その正体については曖昧であるにしても、南京虫の字面くらいは少なからず目にしているはずである。  横光利一だったか開高健だったか、異国の安宿に泊まった作中人物が南京虫に咬まれて閉口する場面を読んでいて、それにしても度々目にするこの南京虫とはいったいなんだろうと、インターネットのイの字も聞かないはるか昔のこと、家にあった古い辞書をひもといて調べた記憶が鹿野にははっきりとあった。その説明では要領を得なかった少年の鹿野は、駅の便所などでたま

          南京虫 6/7

          南京虫 5/7

           さる大手学習塾の広報宣伝部は、本郷にある雑居ビルのワンフロアを占めていた。パーテーションで仕切られた六畳ほどの応接間に通された赤崎と鹿野は、そこでかなり待たされることになる。前の会議が押していると、私服の上に会社支給のものと思しき紺のカーディガンを羽織った案内の中年女性が何度か顔をのぞかせて詫びた。幸先の悪さは明らかだった。  三十分ほどして現れた三人はしかし、名刺の肩書きを見るかぎりなかなかの顔ぶれだった。さきがけが専務取締役、続いてグループ教育本部長、そしてしんがりが広

          南京虫 5/7

          南京虫 4/7

           二月の下旬には『一日一脳』と『一日一校』の入稿はなんとか果たされた。印刷は深圳の印刷屋が請け負う。入稿から三日後に空輸で「試供品」が送られてくる。段ボールにして三十個が、高円寺駅近くに借りた八十平米のテナントに積みこまれた。  さっそくモニタリングを実行することになり、レンタルの軽トラに段ボールを積載して千葉は市川にある介護施設「ぼぬ〜る」に向かった。「ぼぬ〜る」の所長のところへは、これより二週間ほど前に鹿野と清田は挨拶に訪れていて、本八幡の老舗の鰻屋で一番高い鰻重と一番高

          南京虫 4/7

          南京虫 3/7

           市役所や政策金融公庫に融資を乞うべく事業計画書その他諸々の書類が整ったのは、結局年も明けて一月の末だった。事業計画と一口にいっても、会社の設立事由であったり、グランドデザインであったり、単年度の具体的な収支予測であったり、その他こまごまとした項目があって、それらの記載は結局鹿野が一手に引き受けることになり、記載したら記載したで各所で不備を指摘され、往復させられること度々だった。その他、会社登記やら謄本・印鑑証明の発行やら保険証の書き換えやらで年末年始はたださえ忙しい上に忙し

          南京虫 3/7

          南京虫 2/7

           あの日、赤崎は酔っていた。  泥酔していたといってよかった。  そんな男の話をまともに受けるわけにはいかない。そうとわかっていながら、独立起業の四文字は、その後の鹿野にことあるごとにつきまとった。それこそ呪縛のようにして。いや、それはあまりに自分を偽ったいい方だ。譬えていうなら、暗い穴倉にはまって途方に暮れていたちょうどその矢先に、救いのロープが降りてきて、その先端が目の前でチロチロと躍るような塩梅だった。  鹿野は社内での将来を嘱望されながら、またそれ故か、さまざまなルー

          南京虫 2/7

          南京虫 1/7

           赤崎から五年ぶりに連絡があって、今度のゴールデンウイーク中に日本に帰るからみんなで会おうじゃないかという。大事な話があるんだと。ついてはセッティングよろしくと頼まれて、鹿野が連絡した仲間は四人だった。赤崎の召集と聞いて清田以外の三人が保留し、前日までに三人全員の都合がつかなくなった。そのことを赤崎にLINEで知らせたが、既読はついても当日になっても返信はなかった。  当日は、月島のもんじゃ焼き屋を予約してあった。  集合時間になっても赤崎は現れなかった。ケータイにかけても

          南京虫 1/7

          娘のためのパヴァーヌ

           三女には生まれつき右手がなかった。   手首から先がなかった。  その「ない感じ」は、右手の先からいまにも消え入ろうという、その経過の中途のように見えることがあった。すると私は激しく狼狽えるのである。行くなと叫んで引き留めようとする衝動に駆られるのである。こちらの恐慌などおかまいなしに娘が顔を上げ、にこりと笑いかけてこようものなら、私は涙ぐまずにはいられない。  手のない腕の先端に、傷口のふさがれたような痕跡はなかった。皮膚と肉に覆われてぷっくり丸くなっていて、そこがそ

          娘のためのパヴァーヌ

          夢の托卵

           庭で子猫が鳴いていると、家人がいう。それも複数。どうやらここを縄張りにするハチワレが庭のどこかで子を産んだらしいと。  そう訴えるからには私に見にいけということですからね。いそいそと探索に参りまして、古い家ではありますが、縁の下などないし、床下に潜りこめるような破れ目もない。そういいきれるのは、前の住人がタヌキだかハクビシンだかの獣害に悩まされた経緯があり、床下や軒下の、鼠以下の小動物が入りこめそうな破れ目はことごとくアルミ板で厳重に塞がれてあったからで。念のため紫陽花や

          夢の托卵