BGM conte vol.19《四角革命》
運転するオジサンの横顔に街の光が張りついて七色に染まる。七色のオジサンを見ているとワタシはオジサンのことが心の底から好きなのかもしれないと思えてくる。愛してるのかも。
「なに」
オジサンは前を向いたまま訊く。零時を回った。トンネルを出たとたん渋滞にハマってなかなか抜け出せない。二台の深夜バスに二車線とも前を塞がれてオジサンは舌打ちする。カークーラーがちょっと寒い。
「オジサンは生まれる前は五十五歳ワタシの歳下だったんだね」
「どういうこと」
「オジサンが二十五のときワタシは八十のオバアサンとして死んだ。そしてすぐ生まれかわって二十五年目にしてオジサンと再会したの」
「二十五の私に八十のご婦人の愛人がいたというのかね」
「いたんじゃない」
「もちろんいたと思うね」
「今度はオジサン」
「なにが」
「三十年後に死ぬときオジサンは八十。そしてオジサンが生まれかわるときワタシは五十五も歳上になる。赤ちゃんのオジサンを見てそれがオジサンの生まれかわりだって分かればいいのだけれど」
「いつまでも歳の差が縮まらないのはちょっと苦しくないかね」
「そうかね」
「うん」
「だってオジサンはいつまでもオジサンでしょ」
交通事故なんかで不意に死ぬことだってあるとかなんとかオジサンは理屈をこねだしてワタシはいい加減な相槌打ってる。今日みんなで死んでしまえばみんな零歳からはじめられる。今日みんな死んでしまえば。
フロントガラスに区切られた夜空をこちらから向こうへ火を吹きながら矢のように飛び去るものがあった。オジサンはアッといった。おそらくワタシも。それは一秒にも満たないあいだのことででもそれを二人して同時に見れたのはなんにしても幸福というものでオジサンは奥さんのこととか子どものこととか思ったのかもしれないけどワタシは子どもの頃に住んでた海沿いの田舎の家の庭のことを思い出していてとても綺麗な緑が満ち溢れていててんとう虫の赤い羽が目にとても鮮やかだったなんて悠長なこと呟いて運転席を見るとオジサンはもう七色に染まっていなくて白く眩しく輝いていた。
どうやら太陽が落ちたらしいよね。
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