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不器用の話

昔を思い出すように額を撫でられて、どうしてか泣きそうになってしまった。それは己の不甲斐なさからくるものなのか、兄が変わっていないことへの安堵なのか。多分どちらもだな、と頭の中は冷静に結論を出す。 正直、あのくそ野郎への怒りは全く鎮火していない。 嫌なやつのことなんて三日で忘れるよ、と笑ってテイは言ったものだが残念ながらアタシはそこまでお気楽な思考回路を持ってはいなかった。 冷静な頭がアスピリンの言う通りテイが踏み止まらせてくれて良かったと思う反面、感情の炎はあのままあいつら

    • 知らないでいてほしいもの

      こちら【 https://twitter.com/Ta_kim8/status/1591935742519169025?s=20&t=ID-vTRVIvGRqBRjfltZ7_Q 】の流れをお借りしています。 痛そうな描写があるよ。 藻掻けば藻掻くほど水が口から入り込み、呼吸を潰す。俺が暴れないようにと海底の岩場に押さえつけてくる彼女の眼は、嬉しそうに弧を描いていた。 水中で意識を手放しかけたとき、ごぼりと泡が生じた音が辛うじて鼓膜を揺らす。自分を誘い込むヴェール状の触手

      • 傷の話

        「何をどうすれば、そんなに傷だらけになれるんだ」 呆れ半分、怒り半分。そんな声音が零された。 プロポーズを受けてくれてからダグシティにある自宅に帰った後の話だ。テイの身体についたいくつもの傷痕をドティスは一つ一つ丁寧に診察していた。 無理矢理にソファに座らされて、今はドティスに逃げられないよう見下されている最中だ。目に見える範囲でも跡が目立つものが多い傷痕たちを、彼女は苛立ちながらも見定めていく。 そういえば昔から怪我にはうるさかった気もするがここまでだっただろうか、とテイ

        • 【コランダ地方】海辺の再会と思惑

          夏を終えて、再び普段通りの旅が始まった。 元々目的もない自由な__しいて言えば目的を探すための__旅である。 分かれ道があれば手持ちたちの気になる方向に気ままに進んでいた。 だから偶然にも姿を見かけることが増えた人物に関心を寄せるようになるのは、自然な流れなのだろう。 潮の香を纏った風が差し込む小道。心地よいそれを受け小躍りしながら飛び回るココのうしろを、メイジーはゆっくりと歩いて行く。 ウィグリドタウンにも海に面した場所があった。旅に出る前はこうして海沿いを歩いて風に乗り

          【コランダ地方】初めての熱、不安と思案

          それぞれに眩しい笑顔を向けてきた女性の言葉に、思わずメイジーはグリモアを見た。 彼もきょとんとした顔で彼女を見上げた後、メイジーに一瞬視線を向けて、すぐに足元のキマリスを見遣る。 ミーがバトルの誘いをしてきた意図が少し見えてきた気がした。 きっと彼女は、キマリスが抱くグリモアへの信頼を手っ取り早く理解させようとしたのだろう。 バトルをしている最中は頭が真っ白になって、正直メイジーにあまり詳細な記憶はない。 けれど的確かつ冷静に指示を飛ばすグリモアも、彼の指示に応じようと駆

          【コランダ地方】初めての熱、不安と思案

          【コランダ地方】春の終わり、約束の先

          はなやかで穏やかで、楽しかった祭りは終わりを迎える。 木々から散っていく花びらを眺めながら、メイジーは手元に収まった赤い花のブローチを指先で弄んでいた。 色々なことが起きた数日間だった。 ココ以外で初めて見た色違いのポケモンに会話の輪に入れてもらったり 自分とは住む世界が違うようなキラキラした人たちの隣に並んだり ココに自分たち以外のお友達が出来たり __…また会うためのお誘いを、してくれたり。 思い出すと自然と頬が熱くなるようで、メイジーは慌ててフードを深くかぶり直

          【コランダ地方】春の終わり、約束の先

          【コランダ地方】ふたつの海色

          「つまんなかったか?」 バトル後のクールダウンを終えた手持ちたちを横目に、勝者であるこどもにこれでもかと商品の詰まった袋を手渡す。 グリモア自身が選んだ商品を半額どころか無料で譲渡……だけに留まらず、おまけに今朝焼いたパンやらポフィンやらも詰め込んだため大変な量になってしまった。 さすがにやりすぎたか、と両腕いっぱいに袋を抱えるグリモアを見て反省はしたのだが、当の本人は困るどころか全てを無言で享受している。 困らせてしまっただろうかと表情を伺っても、その顔はバトル前からと

          【コランダ地方】ふたつの海色

          【コランダ地方】揺らげども、立ち塞がるものであれ

          こちら【 https://twitter.com/Ta_kim8/status/1530077769157451777?s=20&t=ZguHmiFQhr0VAsGb4GUwhg 】の流れをお借りしています。 ------------------------------------------------- 視界に入った瞬間脳裏を埋め尽くした感情は、驚愕一色だ。 自身に声をかけてきたこどもは、とても懐かしい容姿をしていた。 そう。共に船で生活していた、船を飛び出した頃のド

          【コランダ地方】揺らげども、立ち塞がるものであれ

          【コランダ地方】感謝の花

          初めてポケモンリーグに挑戦した年。 相棒であるオセアンが進化をして、船を出ようと決めた年。 母親に教わったとはいえ、陸の作法もろくに分からないままに外の世界に飛び出した。 そこで船旅をしていた頃からずっと共に居た家族たち以外に、初めて「自分の目的のため」にポケモンを捕獲した。 最初に出会ったのは群れを率いるドラゴンだった。 気高く子を守る、母親であった彼女。躍起になって何度も挑んでいる間に、どうやら自身も放っておけない子供だと判断されたらしい。 なけなしの小遣いで買ったモン

          【コランダ地方】感謝の花

          【コランダ地方】油紙に火はつかない

          私に勝ち目がないのは一目瞭然だ。だというのに対面し真っすぐ私を見つめてくる貴女は、本当に優しい人だと思う。 太陽のきらめきを持つのはその姿だけではないのだと改めて、思う。 アスピリンとマレが見守る中、タリオンの身体が飛びあがる。風を切るため力強く羽ばたく彼女の翅は、私の薄い羽根よりも数段素早くその身を翻した。 飛び立った彼女は風を味方につけながらその場で鱗粉を散りばめる。ちょうのまいによって生じたそれらは、タリオンの身体を包むように輝いた。 それならばと、私は力強く翅を羽

          【コランダ地方】油紙に火はつかない

          【コランダ地方】春の空

          ★お借りしました!  タリオンさん、アスピリンくん、ペンタサさん  ※ペンタサさん(ヌケニン)はドティスさんがテイの家に預けている過去の手持ちです。 春の香りが漂う、ある快晴の日。 マスターたちは久方ぶりの逢瀬のために、離れた町で行われる祭りへと出かけて行った。 家の留守を任されたのは、同胞たちの中でもしっかり者と評される面々ばかりだ。 それを誇らしいと思う。同時に、たまには私たちの面倒を見る責務から外れてはしゃいで来てほしいとも。 そんな私の心情を知ってか知らずか、マス

          【コランダ地方】春の空

          【コランダ地方】無いものねだり

          太陽の写し身のような輝く貴女。 薄氷の翅を持つ私は、相性故にあまり関わったことはなかった。 けれど怪我を負いひとり月を見あげるその姿に、目が離せなくて。 気が付けば自然と声をかけてしまっていた。 「私の熱に溶かされない位置で頼むよ」 そう告げた貴女の顔が寂し気に見えたのは、気のせいではないのだと思う。 けれどそれを指摘するほどの度胸は、残念ながら私にはない。 マスターであれば、或いは彼の兄弟であるオセアンであれば、こういったときにふさわしい言葉を紡げるのだろう。ああ、年長

          【コランダ地方】無いものねだり

          【華軍】憧れた景色

          愛されて育ったとは思う。 両親は目に入れてもいたくないほどに溺愛してくれているし、家は金持ちだし、使用人も優秀だし。私は恵まれている子供だ。 けれど、だからといって自分の将来を親に定められる謂れはないはずだ。 差し出された見合い写真を突き返して、親と些細な喧嘩をした。 私は家を繁栄させるための道具ではないのだから。 五社学園から入学願書が来たのは、そんな日だった。 春。生まれて初めて学園都市五社の地を踏んだ。 15年という年月を共にした家を出ることに抵抗はあったけれど、そ

          【華軍】憧れた景色

          【WIT】火蜥蜴の朝

          あのモンスター退治騒動から数カ月。 ドレイク・フレマはある病室へと足を運んでいた。 点滴が落ちる音と、薬剤の独特のにおいが彼を迎え入れる。 その部屋のベッドには、同室であるブラック・シュヴァルツが横たわっていた。 彼は年の瀬の鍋騒動にも目を覚まさないまま、あの日からずっと眠り続けている。 医師に頼まれていた着替えを籠に入れ、代わりに空いた手にはタオルを手にする。置かれていた水差しでタオルを濡らし、横たわったままの彼の身体を軽く拭いてやる。 最早習慣になりつつある、ここ数カ月

          【WIT】火蜥蜴の朝

          【WIT】戦うは他が為【黑き隣人の宴】

          山風は強く冷たい。 供えた花束から花弁がいくらか離れ、宙を舞う。思わずそれに手を伸ばしかけて、ひっこめた。 この風が山を越え空を駆けるように、せめてこの場で命を落とした民たちの思いが浮かばれますように。 かつて故郷があったはずの山肌を見下ろし、リリー・S・ジャンダルムは黙祷する。 故郷ジャンダルムは、平和な国だった。 牧畜と鉱業が盛んな、大きくはないけれど穏やかな国だ。 その頂点として国を切り盛りしていた父と母。それを継ぐべく"機関"と呼ばれる場所で修行をしていた兄。幼いな

          【WIT】戦うは他が為【黑き隣人の宴】

          【WIT】祭りに呑まれて

          賑やかな会場を離れ、夜の空の下へと踏み出す。 見上げればそこには、美しく光を反射する水面。 天の湖、というらしい。地元を離れるときにそれなりに覚悟はしていたものだが、この機関で目にする奇怪なものの多さは予想以上だ。 バディ探しに精を出していたものの、少し人の熱に充てられた体。それを冷やそうとドレイクはレインドロップの花畑に訪れていた。 自身が炎を得意としているためか、水というものには若干の苦手意識がある。頭上のそれが落ちてこないだろうか、だなんて少し子供じみたことを_それでも

          【WIT】祭りに呑まれて