【コランダ地方】海辺の再会と思惑
夏を終えて、再び普段通りの旅が始まった。
元々目的もない自由な__しいて言えば目的を探すための__旅である。
分かれ道があれば手持ちたちの気になる方向に気ままに進んでいた。
だから偶然にも姿を見かけることが増えた人物に関心を寄せるようになるのは、自然な流れなのだろう。
潮の香を纏った風が差し込む小道。心地よいそれを受け小躍りしながら飛び回るココのうしろを、メイジーはゆっくりと歩いて行く。
ウィグリドタウンにも海に面した場所があった。旅に出る前はこうして海沿いを歩いて風に乗り飛び回るココの様子を眺めたものだ。この小道を選んだララはきっとそれを思い出したんだろう、とメイジーは隣を歩き海を眺めているララに視線を向ける。
「あ」
思わず声が漏れたのは、メイジーの視線がララの背中越しに海に向かったときだった。
見覚えのある銀髪が水しぶきを上げて、海面から顔を出す。その隣には慮るように寄り添う大きなキングドラがいて、眩い日差しの中に水滴を纏って光を反射していた。
姿を見つけて反射的に木の陰に隠れてしまったのはもはや習性だ。
一度共にバトルのタッグを組んだだけで友達面をして声をかけて良いものか、と奥手を通り越したネガティブ思考が脳をよぎる。
うっかりの遭遇が一回きりだったのなら、メイジーも見なかったふりをして素通りしたかもしれない。
しかしこうやって姿を見つけるのは一度や二度ではないとなれば、また話は変わってくるというもので。
「……は、話しかけた方が良いのかな…」
貴重な縁を手繰り寄せるなら同じ道を歩んでいる今がそのときではないのだろうか、そうやって茂みの中で悩んでいた時だ。
突然茂みが大きく揺れた。
「ひゃあ!?」
情けない声が口から洩れる。慌てて飛び出せば、目元に皺のあるキングドラがじっとこちらを見据えていた。どうやら泡をぶつけられたようだ、と混乱する頭がやっと理解する。
キングドラの横に佇んだグリモアも無言のままこちらを見ている。どうしてここにいるのか、何故ついてくるのかと問われているようで居心地が悪くメイジーは身じろぎをした。
助けを求めるようにココに視線を向ければ、砂浜で待っていたらしいキマリスにじゃれついている。
ではララはとすぐ隣に立っていた彼に視線を落とすと、何かキングドラと話をしていたようで視線は海に佇む彼らに向いていた。
けれどメイジーの視線に気が付くと安心させるように微笑んで、少女の背中を押す。言いたいことがあるなら今だよとでも言うような仕草に、メイジーは困惑しながらもおずおずと口を開いた。
「こ、こんにちは。その、勝手に見ててごめんなさい…」
「………」
勢いよく下がった頭に返ってくる言葉はない。なんとなく予想していたことと責められている様子ではないことにほっとしながら、再びメイジーは顔を上げてそっとグリモアの顔を見る。
「た、旅の方向、同じなら、その、お願いしたいことがあって」
「?」
同じ道を辿っているうちに思いついた一つの望み。一方的な親近感と共に湧いたそれを言って良いものか、迷っていたのだけれど。
背中を押してくれたララの手が、今度は安心させるようにメイジーの手に絡められる。
その温かさに、再びもう一歩勇気を出した。
「グリモアくんのバトル、上手だったから…近くで見たいなって、思って」
「め、めめ、迷惑じゃなかったら……しばらく一緒に行っても、いいですか…?」
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『何か用か』
老齢のキングドラの言葉はただ質問をするだけのものだった。それだというのにどこか重く威圧さえ感じるのはこちらを見定めているが故なのだろう、とララは理解する。
『ああ。危害を加えるつもりはない』
先にそれだけは理解してほしいと断言をする。それでも依然、相対する彼からの視線は重圧を孕んだままだ。
じっとそれを正面から受け止めていると、縋るような視線が少女から向けられていることに気が付き、ララはそっと彼女の背を押して微笑みを向ける。
拙いながらも必死に言葉を紡ぐ彼女を見届けてから、ララは再びキングドラへと視線を戻した。そして予め用意していた文句をつらと並べる。
『今この子が言ったとおりだ。俺たちはこの子の旅を支えるだけの実力が欲しい。あんたらみたいな実力者を参考にすれば、手っ取り早く経験が積めると思ってな』
それに、と老人と交えていた視線を横へと移動させる。その先には相変わらず凪いだ表情をしたままのグリモアの姿があった。
『情操教育には、年の近い子供同士が適任じゃないか?』
緊張で熱を孕んだままのメイジーの手を確かに握りしめながら、ララは極めて余裕を持たせた笑みを向けた。
試すように、或いは明確な格上に対する挑発ともとれる行動への緊張を隠すように。
いざとなればこの子の手を引いたままテレポートをするか、と次の一手を考えながら。